移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

発明

三つ位下の、トイレサミットに続いて大変アカデミックな話題です。

アメリカに、ノーベル賞のパロディ版の、イグ・ノーベル賞というのがあるらしいんですが、カラオケの発明者が今年の平和賞を受賞したらしいのです。過去には、核実験を強行したシラク大統領が平和賞を受賞した、なんていう皮肉なパターンもあったそうです。このイグ・ノーベル賞、実は日本人受賞者が非常に多く、本家のノーベル賞では、1世紀近くの歴史で12人しか受賞していないのに対し、イグ・ノーベル賞では、14年間の歴史で10件も受賞例があるらしいです。ちなみに過去の日本人の受賞例は

・ピカソとモネの絵を識別できるよう鳩を訓練 95年心理学賞
・たまごっちを開発 97年経済学賞
・下着についた精液のあとを発見できる浮気検出スプレーを開発 99年化学賞
・バウリンガルを開発 02年平和賞

受賞部門と受賞した研究の因果関係が、分かるようで全然分からないんですが、ノーベル賞受賞者が少ないのに、イグ・ノーベル賞はこれだけ取っている日本人・・・。どう解釈したらよいのやら。

うちの父親も、こういうくだらない発明品を見るのが好きで、家にくだらない発明品ばかりを載せた本が、上下巻セットで置いてあったのを覚えています。太陽電池で点く懐中電灯とか、下駄の下にタッパーが付いていて歩きながら漬物が作れる履き物、みたいなものがひたすら載っていました。日本人って結構あくせく働いているイメージがありますけど、意外と、実用的でないものに情熱を注いでいる人も多いのかも知れないですね。意味がないことに意味がある、みたいな。要は笑えればいいんでしょうけど。そういえば、うちの姉も最近発明品をひらめいて、なんと特許庁まで相談をしに行ったらしいです。残念ながら、特許取得には至らなかったようなんですが、発明好きの家系なんですかね、うちは。

そんな僕の、最近の発明というか発見は、猫と目があったときにピースをすると猫は必ず逃げていく、です。まだ仮説の段階なので、これから実証していきたいと思います。みなさんも試してみてください。必ず逃げます。
# by moving_sheep | 2004-11-09 16:51 | Trackback

かわいいね。

女装愛好家のコンテストですってよ。

なんで、こういうのってタイが多いんだろう。アタックナンバーハーフとか。って思ったら、リンク先によると、タイにはカトゥーンと呼ばれる人々が一般的にいるのね。これは日本のニューハーフよりは受け入れられてるのかしら?こういうの見るといっつも思うんだけど、なんで男装のコンテストはないんだろうね。まあ、ミスターコンテストも少ないけどさ。男装も女装も同じトランスヴェスタイト(クロスドレッサーのほうが良いのか?)なのにねえ。All About Japanなんかでは、トランスヴェスタイトのことを女装って訳してるし。まあ、男性が女性の洋服とか化粧品とか下着とか買うほうが苦労はあるんだろうけど。色々あるんだなあと思いながら、ついでだから変態用語の基礎知識とやらで色々と異性装について学んできました。専門用語が多くてかなり難しいです。パスとリードとかわかります?異性装していることを見破られないことをパス、見破られてしまうことをリードっていうんだそうですが。それってのはやはり言葉になるくらい、重要なことなんだね。それは、私なんかが男と間違われる位にショックな出来事なんだろうか。それとも年を間違われる程度のショックなんだろうか。うーん。わからない。

というわけで今度の芝居では南君の女装が見たいです。
# by moving_sheep | 2004-11-08 23:06 | Trackback
トイレサミット。北京にて開催ですってよ。

すごいね、サミットってこんなものでもあるんだね。しかも4回目。3回目までは一体何をやっていたのか、非常に疑問の残るところだね。しかし、ニーハオ厠って。そんな、律儀にニーハオしなくったって・・・って思うのは私だけかね?いや、言葉の綾だってのはわかってますけどね。

そんなわけで、トイレリンクのページとかを発見してしまったよ。すごいよ。こんなにトイレに深い関心がある人たちがいるんだね。なんか、ちょっと感動した。ちなみにはっはっはのトイレは私も以前から覗いているページ。「おしゃべりトイレ」のコーナーがなんともいえない哀愁&失笑漂う感じでとても心地よいのです。

あら?下ネタ失礼。
# by moving_sheep | 2004-11-07 02:14 | Trackback

代替現実ゲーム

現実を侵食する「代替現実」ゲーム。これってすごい。

ゲームソフトの宣伝でやってるみたいだけど、そんなケチな事言わずずっと続けたらいいのにね。そのうち現実の一部になる予感がするよ。芝居もこんな形になったら面白いのになあ。まあ、寺山修司の「ノック」とか「人力飛行機ソロモン」でそれは既に実現してるけど、もっと公演日程とか場所とかを広げてできたら面白いのに。全国に役者散らばらして。あ、でも演劇の場合、声優とかじゃなく、マジで普通の人間がやらかすわけだから、虚構と現実の境目が曖昧すぎるか。まあ、それが曖昧になることによって、普通の日常の風景までもが演劇的に見えてくるってのが面白いところではあるんだろうけど。例えばさ、演劇っていうものがある一つの虚構であると仮定するならば、それはまあ乱暴に言えば現実ではない嘘なわけだ。すると例えば、例えばだよ、4人の彼女と同時につきあっているドンファンがいるとしてさ、彼がそれぞれの彼女に「お前だけだよ」っていうことは広義の意味において、演劇と言えるわけじゃん?(その場合のその状態のことを「演じている」って言うでしょ?そういう意味でね。)一般的に言うなら、それは浮気を隠す嘘でしかないよね。とすると、現実に演劇を持ち込もうとするならば、私たちはまずそこのところの線引きをする必要に駆られるわけだ。でもそこに線引きをした時点で最早代替現実とはなり得ないってのもあるけど。うーん難しいところ。そうだ!あらかじめ演劇を発動させる可能性のある相手にチケットを配っておくってのはどうだろうか?それを相手が演劇という記号を受け入れると容認して受け取った場合、その相手は観客となり、渡したほうは演者となる。演劇はいついかなる時に発動するかはわからず、それによって互いの関係は見る・見られるという緊張状態となる。これによって、現実も演劇も同時進行で起こることにはならないだろうか?意味がわからなくなってきた。なってきたけど、ここで一つ更に考えたこと。これによって、演者は人生の失敗を取り返せるってことにはならないだろうか?「あれは、ぶっちゃけ演技でした」という魔法の一言によって。これはもしかして人類の求めてやまない、時間旅行じゃないか?無限のパラレルワールドを展開することで、現実と虚構の表裏をぐるぐる回していき、人生をあらゆる方向へと広げたり縮めたりする。うまくやらないともの凄いどつぼにはまりそうだけど。んで、そんな世の中になった暁には、初めて会う人には名刺ではなく、自分の芝居へのチケット交換でご挨拶。これで、トラブルは未然に回避されたようなもの。ミラクル!

勿論、誕生の日には首からチケットをぶらさげるの。ああ・・・この世はすべて虚構・・・
# by moving_sheep | 2004-11-07 01:36 | Trackback

そろそろ

王子の話題から離れようかと思いますが反対の人・・・?

たくさんいるようですが、お構いなしです。昨日は文化の日でしたわね。なんで文化の日なのか知ってます?「今日は何の日~毎日が記念日」によると、「平和と文化を重視した」日本国憲法交付の日だからなんですって。なんか、そう言われりゃああ、そうかもねって。まさにコロンブスの卵?いや、ちょっと違う気もするが・・・。その前は明治天皇の誕生日ということで、明治節だったそうですけど。ふーん。一つ賢くなりました。ちなみに文化の日ということで、文具やらレコードやらまんがも一緒に記念日らしい。文具って、文化なのかね?それじゃあ、移動する羊も便乗して「羊の日」を作ろう!と思いきや、あるんですね、羊の日。1月4日だそうです。この日は羊を殺しちゃいけないんですってよ。ふーん。もう一つ賢くなりました。ちなみに私の誕生日は「砂漠化および干ばつと闘う世界デー」「おまわりさんの日」「薩摩の日」でした。むむう。潤いが足りない感じがしていたのはこれか・・・。そして、エッシャーと同じ誕生日。そういや、中学の時通っていたちっこい塾の塾長が派閥争いに破れ辞める直前の講義の時に突然エッシャーの画集を持ってきてくれたのを今いきなり思い出した。あれは、なんだったんだろう。きっとなんかだったんだろうな。今こうやって思い出すってことは。

名前も忘れちゃったけど、お元気ですかあ?
# by moving_sheep | 2004-11-04 22:53 | Trackback