サブスクリプションで映画を三本観た。
今日、明日は潔く、純粋なる自分の時間を満喫するのだと決めたから。メリハリかな、と。集中力の無い中、物事がほとんど形にならない時間を過ごすよりは、ちょっと環境やアプローチを変えてみようと思った。
睡眠時間も増やそうと思う。
他のやるべきことや、やりたいことの比率も変える。
「時間をかけないで効率よく」という考え方を変える。
時間をかける。そもそも時間がかかるのだ。むしろゆっくりと向き合うほうが、結果効率が良いような気がしている。
日数をかける。
しっかり一日の中で向き合う数時間を、いやもっと短くてもいいから、その時間だけは有効に集中して使うことに集中する。その時間だけ手にしたら、あとはオマケと考える。遊びだ。いや仕事だけど。とりあえず遊びだと、思うことにする。気楽に。
建設現場を見ているのが好きな僕は、前々から思っている。職人たちは基本的に急いでいない。事故を起こすからというのもあるのだろうし、工期も雨や雪なども含めてゆっくりに設定するから。知人から話しを聞いてもノンビリだなと実感する。
少なくとも相対的にはそうだ。舞台の装置を造る時とか、けっこう集中して一気に造ることになる。場所の確保とか色々(人的なこと演出的な事などなど)で、劇場に入ってからの仕込みにしてもその前の準備にしても急いで造ることが多い。
建設現場だって実際、急いでやれるようなことは急いでやっていたりする。
前々から思っていたことだけれど、やはり「同じように在らなきゃならない」と本当に思っている。
何度も思い、なかなか上手いこと実行できなかったけれど、これからは時間をかけようと思っている。
あるノーベル賞を受賞した科学者が「八割九割はボーっとしている。その時間が大事だ」と言っていたことも、また、思い出し、時間をかけるための姿勢と環境を整えようと思った。
プライベートはすごく大事だと思っている。
たとえば学校とかはむしろ、子ども達だけじゃなく子どもたちの人格形成に携わるような『先生』は特に、プライベートをととても大事にするべきだと思っている。聖職者としてサービス残業を強いられている現状(小中高と先生の知人が多いので実感している僕)は「それはどうだろう?」と強く思っている。少なくとももっと軽減させる方法を取るべきだと。質の高い教育を得るためにはむしろ、必要なことだと考える。
人が人を育てるのだから。
とはいえ仕事と趣味と欲望が一致している人もいるのだから、その限りではないけれど。
努力の方向が大事。
という訳で、頑張っているけれど、結果的には頑張れてないような姿勢と環境を変えてみようと思っている。
イイ加減を探しながら。
今度こそ、今までよりは長い時間、目指す姿勢と環境を保てるように。
楽を大事に。
愛川武博