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12月になって人と会話する機会がかなり増えたような気がする。そして年末に向けてさらに機会が増えそうだ。今年はそれまではあまり人と話すことがなかったと思う。勿論ほどほどに話しはするのだけれど、今年一番話しをしたのは、今を除けば1月だったような?ちょうど1月中旬くらいまで児童劇ミュージカルをやっていた関係で、人とたくさん会話したように思う。しかしそれ以降はまるっきり人と話しをしていない。こんなに人と話さない1年は今までになかったかもしれない。そもそもそんなに人に会わなかったのだ。プライベートで人と接する機会なんてほとんどなかった。いや、実は仕事で、会っていると言えば毎日人と会っているのだが、会話をするという機会がなかったというか。ヒマな時に話しをする機会があったとしても、一言二言相手の話を繋げる言葉を発するだけで、人の話をふむふむと聞くばかり。あまり自分が言葉を発しない毎日なのである。だからなんだか会話をしていない気がするのだな。勿論、稽古場で会話するのだけれど、その時間は微々たるものだった。しかし12月になってからはガツンと人と会話する機会が増えたのだ。仕事場でも稽古場でもプライベートでも、いっぱい人と会話している。思い返せばかなり久しぶりな気がする。つまり、聞くし、話すし、どんどん話題を展開させてゆく。なんだか閉じこもっていたカラの中から這い出してきた感じだ。1年のほとんどを誰とも会話せず一人で日々を過ごしていたのだなー。驚きだ。精神的ひきこもりだ。なんだか自分の世界だけで完結することが多かった気がする。でもそれが楽しかった。こんなに一人が好きな時代は今までなかったような気がする。が、ここにきて、懐かしい僕らしさな日々を過ごしている。楽しい。そう一人も楽しい。そして人と会話するのも楽しい。両方楽しい。そう考えると今年は意外と楽しんだ1年だったのだろうか?果たして来年はどうなるのだろう?もう少しで今年が終わり、新しい年がやってくる。今年は次々と変化がやってくる年だった。来年は何が待っているのだろうか。期待に胸を膨らませずにはいられない。愛川です。

今年最後の稽古は12月26日の土曜日の13時ー17時です。

場所要町になります。

来年は2日、9日と休みで、16日(土曜日)から始めます。
予定としては24日(日曜日)31日(土曜日)です。

稽古は毎週、集まる人に合わせて脚本を書いています。
基礎トレと移動する羊オリジナルメソッド(かなり心と身体を使う)とテキストで作品作り。

興味のある方は是非、愛川のアドレスに「稽古場参加希望」とタイトルに書いてメールください。
アドレス。
loveriver@di.pdx.ne.jp
by moving_sheep | 2009-12-23 09:49 | 稽古場レポート | Trackback | Comments(0)

ある男性が僕に語ってくれた話がある。ある女性のことだった。その彼はある意味において、僕にとっては“特別”な人だったので、なんだかとても気になった。いつも無邪気な顔で笑う人だった。それでいて少し悲しげな瞳をしている人だった。その話はだいたいこんな感じの話だった。『その人は素晴らしく美しい笑顔をする女性であった。化粧はしていないのだろうか。でも眉も唇も自然な色と形でむしろ好感が持てる。肌は若さゆえか、弾力がありキメがこまかい。とはいえ実際の年齢は分からないのだが。あまりにも化粧っけがなく、童顔な顔立ちだから勝手に若いんじゃないかなと思っているのだけど、女性の年齢ってあまり分からないから、ひょっとしたらそんなに若くはないのかもしれない。どちらにせよ実際の年齢はあまり関係ない。その“若さ”は、事実としてそこにあるのだから。そしてそれが素晴らしく美しい笑顔に関係しているのだから。“若さ”ゆえの危うさをともなって。そのひとを初めて見たのは4ヶ月くらい前のことだった。2週間に1回、僕はある場所に通わなければならない。それは長いこと決められた用事だった。だから日常になっていて、心が変化することのない習慣だった。そこに突然、彼女が現れたのだ。何故今まで彼女と出会わなかったのかは分からない。それまでは僕が行く時間帯と彼女の居る時間帯が違っていたのかもしれない。それとも彼女が新しくその場所にやって来たのかもしれない。どちらにせよ突然僕は彼女に出会ったのだ。そしてその瞬間、彼女の笑顔を見る。それはかわりばえしない日常に飛び込んできた、神様からの贈り物だった。なんて美しい笑顔なんだろう。そう、それは、可愛い笑顔と表現しても良いのかもしれない。でも可愛さだけじゃない。何かが芯のほうにある、ある種の人間に存在する美しさだった。僕は知っている。それを知っている。ああ、そうだ、昔、僕の前からいなくなった女の子と同じ美しさなのだ。その女の子はその美しさをたずさえたまま、病院に入院してしまい、長い治療に入り、僕らはまるっきり連絡をとらなくなった。正確にいえばとれなくなった。彼女の意思か家族の意思か、僕とは連絡をとらないことを決めたのだ。その時僕は失ってしまったのだ。そして僕はその時、こちら側にいることを決めた。彼女が望むのなら、しかたのないことだと自分に言い聞かせた。その女の子に似ているのだ。顔、形がじゃない。芯が似ているのだ。何故だろう。その笑顔の美しい彼女も何か、抱えて生きているのかもしれない。僕はどうしても彼女のことが知りたくなった。いや、それは知りたいのじゃない、知らなければならない、のだ。だから僕は話しかけてみようと思うんだ。その先に何があるかは分からないけれど、僕は再び手に入れようと思うんだ』そう言って彼は無邪気に笑ってみせた。彼は彼女に声をかけたのだろうか?その後のことを僕は知らない。何故ならそれから彼には一度も会っていないからだ。連絡をとっても何故だか連絡がとれない。年末なので連絡をとってみたが、まるっきり連絡がとれない。今では連絡のとりようすらない。まるでこの世から突然いなくなってしまったみたいに。いや、ひょっとしたら本当にいなくなってしまったのかもしれない。それこそ、あちら側に行ってしまったのだろうか。僕はふと思う。彼はきっと「何か」をみつけたんじゃないかと。だからそのために連絡がとれなくなったんじゃないかと。ひょっとしたら彼は今、桃源郷にいるのかもしれない。何処か遠く、遥か遠くの場所に。もう二度と会えない場所に。失った「何か」と共に。それでもまたいつか会いたいと思う。そして彼の笑顔を見たいと思う。あの無邪気な笑顔を。それでいて少し悲しげな瞳を。愛川です。

今週の稽古は12月19日の土曜日の13時ー17時です。

場所南池袋になります。。(いつも池袋周辺で稽古)

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by moving_sheep | 2009-12-17 11:38 | 稽古場レポート | Trackback | Comments(0)

久しぶりにかなりハードなトレーニングをしてみた。最近ちょっと生活のリズムが変わり、サボリ気味な日々だったので、ここは取り戻しておかなければならないなと思い立ち、有酸素運動と筋肉トレーニングをたっぷりと三時間もやった。これでもかと負荷をあたえ、これでもかと回数をこなした。その結果、見事に身体全身モレなく筋肉痛になったのだ。フクラハギ、フトモモ、股関節の筋肉、下腹部、腰、腹筋、脇腹、背中、肩、二の腕、胸。しかももう3日ほどたつのだが、まだ身体の一部分が痛い。なんだか筋肉と筋肉の「ツナギ」の部分が痛いのだ。どうやら普段使っていない筋肉が超回復をしてくれないらしい。こりゃー無茶しすぎたかなー。なんだか久しぶりだったからハリキリ過ぎた。しかしなんだ。あれだ。トレーニングで身体つきが変わっていく事実が、まるで役者をやっている時に役作りをしている感覚に似ているから不思議だ。作りあげてゆく作業。少しずつ手に入れていく、自分に似ていてかつ似ていない性格。紙一重の、それでいてまるっきり自分とは違うキャラクター。いや何も不思議なことではないのかもしれない。生きるというのは緩やかに、何かが変わっていくものなのだろうから。そういえば役作りのために(まあ、それだけではなかったのだが)体重を3ヶ月で10キロ落としたことがある。あの時も何か違う自分へと向かっていたような気がする。そしてたどり着いた時、僕は解放にも似た感覚の中に立っていた。それは新しい人生の始まりでもあった。偶然かもしれないが、色々なことが重なり、転換期のヒトツであったのは確かなことだ。ああ、ひょっとしたら、僕は、今、また、その緩やかな変化の途上にいるのかもしれない。それなら果たしてその先に何が待っているのか。まあ先に進むにはとりあえず、筋肉痛を繰り返す必要がありそうだが。なんだか耳をすますと、新しい細胞が生まれてくる音が聞こえてきそうだ。愛川です。

今週の稽古は12月12日の土曜日の13時ー17時です。

場所南池袋になります。(いつも池袋周辺で稽古)

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by moving_sheep | 2009-12-09 17:04 | 稽古場レポート | Trackback | Comments(0)

目が覚めたらメガネがグニャグニャに曲がっていた。テレビを観ている間に、いつの間にか眠ってしまい、さらにネゾウが悪かったのか、何故だか布団を抱えてマットの上の方まで移動していた。つまり、メガネを枕元に置く習慣があるのだが、頭の上のマットの外に身体ごと移動して、そのままメガネの上に乗っかってしまったみたいだ。うむう。またやってしまった。そう「また」やってしまった、のだ。僕はしょっちゅうメガネを踏む。酷い時は目が覚めて朦朧として「メガネ、メガネ」と呟きながら探している時(何故だろう?必ず口に出して探すのだ。コントみたい)に、とても気を付けているはずなのに、思いもよらぬ所にメガネがいて、それを踏んづけてやっと気付いたりしたりする。あー何度メガネを買い替えたことかっ。最近はその周期がかなり短くなってきた。どんどん壊す。さてどうしよう。まあ、とりあえずは曲がったメガネを無理矢理元に戻し、なんとか使っているのだが、ちょっと下を向くだけですぐにズレて落ちてしまう。しかし今週は買いに行く時間がない。しばらくは騙し騙し使っていこう。と思いつつもストレスで、メガネをいっそ外してしまえっ!と裸眼であれやこれやをするのだが、そうすると、なんだか解放された気分になるのだ。メガネの煩わしさからの解放なのだが、実は同時にすべてを見なくても良いのだという解放でもあることに気が付いた。つまりは見ることによって、見えることによって、視覚情報によって無意識に縛られていたコトからの解放だったのだ。ああ、そうだ、僕は、昔、裸眼で、生活を、していたのだ。メガネを外した時の今と同じ視力で、たくさんのモノを見ないで生きていたのだ。それはまさに幻想と共に生きている日々だった。美しいものが溢れていた。それはそれで素敵な日々だったのだ。それから僕はある時、あるキッカケで、すべてを見て、直視し、受け止め、向き合っていこうと心に決めて、裸眼で見ることを止めるのだが。そうあの時から、見えることが僕にとっては日常になった。そして僕は世界のおぞましさを知ることになる。今、僕はまた幻想に生きる瞬間がある。それは世界の美しさと儚さに身をまかせることだった。忘れていたあの景色。その景色が身体に染み込んでくる。そして心をふるわせる。メガネが壊れてその先に見えたのは懐かしい風景。見えないから知ることの出来た世界のもうひとつのリアル。それはある種のギフト。そう、今、感じている。僕は感じている。ああ、世界はなんて曖昧で儚く美しいのだろう。愛川です。

今週の稽古は12月5日の土曜日の13時ー17時です。

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by moving_sheep | 2009-12-03 15:08 | 稽古場レポート | Trackback | Comments(0)