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ご来場の皆様、本当にありがとうございました!
あっという間の真夏の夢が終わりました。
短い間に、大変な思いをしながらも、スクランブルの二人は頑張ってくれました。まさに『ランブル羊』として作品を作り上げることが出来ました。実質2週間だけしか共に時間を過ごさなかったですが、素晴らしい座組だったと思います。評判もよく、楽しんでいただける人が多かったようで、嬉しく思います。普通の芝居の3分の1くらいの長さですが、密度は長編に負けないくらいの密度で作ろうと思い、なんとか辿り着けました。ま、どの作品もそうなんですが。そして何よりやっぱり思うのは、役者が届いてさえくれれば作品はどんどん面白くなるという実感でした。いくら脚本や演出が瞬間、良かったとしても、やはり役者が本番で体現できないと面白くならないなと思いました。アタリマエなのでしょうが、痛感しました。ずっと昔から目指してきましたが、なんとか届きました。そういう意味では中根道治と竹内もみと作品を作れたことを、とても感謝しています。本当に感謝しています。二人はとても頑張ってくれました。もっとも、まだまだ、クオリティーは上げられるので、心残りは、かなり、いっぱいですが。ははは。どんなに評判が良くても、さすがにそこは譲れない。もっともっと高く。遠く。深く。それは作り手の矜持の問題ですが。とはいえ、出来たものはそれはそれで素晴らしいと思います。そして観てくれた皆様のモノです。どう思うか、感じるか、反応するかは、お客様の好きなように、です。ひとまず、5月の稽古場公演から7月のラグロット公演までの3カ月で、新作3本、怒涛の膨大な量の物語が終わりました。それこそ、ひとつひとつが、『夏』でした。密度の濃い、三つの真夏でした。移動する羊。太陽の羊。ランブル羊。感謝しきれません。ありがとうございました。

『ランブル羊』
「夏夏夏(トリプルサマー)」
終わりです。
お客様と音響やってくれた海老原さんと、なにより中根道治君と竹内もみさんには、感謝してもし尽くせないほどに、感謝です。

ありがとうございました。
by moving_sheep | 2010-07-27 01:54 | 夏 夏 夏(トリプルサマー) | Trackback | Comments(0)

「中根君って松田優作に似てるよね」と言ったら悲鳴に近い「えー!」が女性陣から返ってきた。え?むしろ悲鳴?そう思っているの僕だけ?あれ?これは幻想なのか?芝居の本番が近づくにつれて、なんだか中根道治が格好良く見えてきたのだ。最初に出逢った頃は集中力の続かないボヤッとした感じだったので、心の中ではボヤッキーと呼んでいた(奇しくも実際、タイムボカンシリーズ{一番有名なのはヤッターマン}のボヤッキーにソックリなのだが)あまりに集中力が続かない時は心の中で、「このボヤボヤボヤッキー!」と叫んでいた。そのボヤッキーがだんだん松田優作に見えてくるとは、さすがに演出プランにはない。さてどうしたものか?でも、まあ、松田優作なら優作で、やれることもたくさんあるだろうと思っていたら、集中力がない優作だったってことを思い出した。「しまった!優作は優作でもソッチの優作かっ!」と愛川がジタンダを踏んだとか踏まなかったとか。まあソッチがドッチなのかは置いておくとして。しかし中根道治は愛川の演出に耐え、むしろ吸収し、恐るべきスピードで上達していった。どうにもこうにも、言われなれない言葉で演出をつけられ、表現の領域を求められ、たまにメモリーいっぱいになりながら、でも確実に僕の中の水を汲み取ってゆく。初めは竹内もみの比重が大きくなる作品になるだろうと思っていたら、彼ならやれるという判断のもと作品が作られた。その時に思った。あっこいつはもうボヤッキーじゃない。ましてや優作でもない。中根道治だ。中根道治という、俳優だ。思考し、感じ、反応する。ランブル羊だ。


そして僕らの夏は真夏をむかえる。
by moving_sheep | 2010-07-24 10:18 | 夏 夏 夏(トリプルサマー) | Trackback | Comments(0)

初めて彼女と会ったのは「荒野を歩く」の稽古場公演の本番前だった。中根道治と観に来ていた。つまりほんの2ヶ月ちょい前だ。2時間くらい前なのに要町をウロウロしていて、金野みや海老原愛川でジョナサンから出てきた時にバッタリと会った。まったく知らない瞬間に「おっ雰囲気のある可愛い女の子が目の前にいる」と思った。次の瞬間。海老原さんが「あー!」と叫んだ。おっなんだ、こんなカワイコちゃんと知り合いかっ?と思ったが、とりあえず言わないでおいた。今、言ってしまったが。カルイ男か!?カルイ男なのか!?そして彼女らは芝居を観たのだが、僕は芝居を一番後ろから観ていた。つまり僕は芝居を観つつ、お客様を観ていた。僕はこれをよくやるのだが、これがとても楽しいのだ。大抵、背中を観ていれば、どんな感じで観ているのかがワカル(勿論、すべての結果は分からないよ。楽しめたか、楽しめなかったかは。でもその瞬間瞬間はワカル)眠いのだとか、我慢しているのだとか、楽しんでいるのだとか、可笑しいとか、集中しているとか、散漫なのとか、寝ているだとか、あれ?これどっち?とか。ワカラン反応だっ!てのも含め、もう本当に、演劇ってお客様も入れて演劇なのだ。その中で、その回で、エラク集中して観ている女性が居るのに気がついた。左先端、かぶりつき。最前列で、僕は強い印象を受ける。何故なら芝居を観ているその背中は、素晴らしく女優の背中だったのだ。僕が彼女に持っている強烈なイメージは、「なんて女優な人なのだろう」ということだった。僕は正確には彼女が俳優さんだという認識がなかった。なんとなく聞いたような気はするけど。でも僕は、なんて、女優な、人だ。と思ったのだ。だから彼女が移動する羊に興味を持って、彼女と芝居をやることになった時に、僕はワクワクした。果たしてどんな芝居を一緒に作れるだろうか?と。そうして稽古を始めて、魅力的な女優さんだと、日々思ってゆくことになる。まだまだタカミへとのぼってゆくことの出来る人だ。そして今、すでに遥かなるタカミへ立つ瞬間がある。たとえば、彼女は瞬間に入り込むと台詞を忘れることがある。エネルギーと情感が彼女を支配するのだ。しかしその瞬間は圧倒的存在感の佇まいだ。そうして台詞がなくても物語が立ち現れるのだ。ちなみに台詞を忘れているとは誰も気付かないけどね。ちゃんと言うは言うんだな。うん。でも絶対忘れているの。つまり彼女は瞬間を生きている。僕はそんな瞬間を最後尾で観たいと思う。今度は背中じゃなく、真っ正面から観ようと思う。彼女の中から放たれる物語を。そう彼女は物語を体現する。ランブル羊だ。


そして僕らの夏は真夏をむかえる。
by moving_sheep | 2010-07-24 10:01 | 夏 夏 夏(トリプルサマー) | Trackback | Comments(0)

夏色 夏音 夏人

遺跡が見つかった。ずっと長いこと町の中にポツンと、雑多な植物に覆われた小さな森があった。そこには真ん中に小さな祠があった。しかしそれを管理するものもいなく、森は独自の生態系を作り出していた。近所で飼っていた外来種の動物を飼い主が飼えなくなり、この森に捨てたり。小さいながらも湧き水があったので、ささやかながら水回りの動植物も棲息していたり。そこは長いこと地主が代々、「ここには手を触れてはならない」というご先祖の掟を守ってきたのだが、最近当主になった男が、その掟を破り、財産分与による相続税を払うために、この土地を売ってしまったのだ。そこを買った大手の不動産会社は、この土地に都市型の高層マンションパークを作ろうとして掘り返してみたら、遺跡が出てきた。それが歴史的に貴重な意味を持つかもしれないと分かり、大々的にチームが組まれた。そのチームに彼と彼女の所属するサークル、古代史研究会の先輩がいた。もともと古代史研究会は歴史学的に有名な学者を輩出することで名を馳せていたので、そこの前会長の彼と、前副会長の彼女を呼ぶことは、むしろ歓迎されていた。狭い世界の狭い人間関係では、肩書きは重要な意味を持つ。僕はそのチームのリーダーである教授の愛弟子だった。勿論、発掘に参加した。そうして僕は彼と彼女二人に出逢ったのだ。僕は、その時に、デジャヴに陥った。僕は、これと似たようなことを経験している。なんだ?なんだこの既視感は?思い出せない。でも、ザワザワする。僕らの魂は以前、同じように、共感した。シンクロした。魂のゾクが一緒だった。同じ痛みや理想を抱えている。そんな気がしたのだ。二人も同じだった。何故なら三人は2分くらい、お互いを見つめあいながら、ただ黙って時間を遡っていた。記憶がどんどんと過去へと遡って、もう少しで僕らは辿り着こうとした時に、二人の先輩がやってきて、二人に話しかけてきたのだ。僕らは一瞬で現代に戻り、彼は彼に。彼女は彼女に。僕は僕に戻った。その時から、僕は発掘の最後の夜まで、遺跡の発掘と同時に、ひたすらに自分の記憶を発掘していた。そして僕は発掘の最後の真夜中に、星空の元で記憶を思いだした。空から記憶が降ってきたのだ。そうして僕は二人に会いにゆく。そして僕らはこの瞬間の意味を知る。そこから、僕達三人のクロニクルという名の、本当の旅が始まったのだ。

夏夏夏(トリプルサマー)は彼と彼女と僕。
夏夏夏(トリプルサマー)はもみと道と愛。
夏夏夏(トリプルサマー)は過去と現在と未来。
夏夏夏(トリプルサマー)は夏と夏と夏。
愛おしいばかりの、溢れる真夏。
by moving_sheep | 2010-07-23 09:19 | 夏 夏 夏(トリプルサマー) | Trackback | Comments(0)

夏に出逢い、夏に別れる

中根道治と竹内もみが加速を始める。僕らは歩いていた。まるで世界中を旅をするかのように歩いていた。たくさんの様々な無駄話をし、笑い、主張し、歩いていた。そして少しずつお互いのことを知っていった。そうしていつの間にか僕らは走っている。でも多くのことを、お互いに僕らはまだ、全然知らない。例えば稽古の時に去来している中根道治の無反応や違和感の正体を僕は知らない。(勿論、立場上、想像は出来る)。例えば演出をつけて心に沸き上がる竹内もみの情感の揺れや悲しみの正体を僕は知らない。(勿論、経験上、共感は出来る)。それぞれ、個人的で作品的で。それぞれ、優先順位や矜持は違うわけで。それは稽古場に同時に現れて。違う道を歩いてきた僕らなんだから、それはごくアタリマエで。だから僕は二人の想いを知らない。そして二人は知らない。僕の絶対的孤独を知らない。僕らはまだまだ知らないことばかりだ。だけど稽古場には笑いが溢れている。楽しさが溢れている。きっと意味のある無駄話が溢れている。僕らは演劇で繋がっている。劇団やぶさかの海老原さんが「それでも僕らは荒野を歩く」から「世界が終わらなかったかわりに僕らは終わった」今回の「夏夏夏(トリプルサマー)」の音響をやって貰っているのだが、「夏夏夏(トリプルサマー)」の稽古場に来ての感想は、『「荒野を歩く」の稽古場と、こんなにも違うものかと思った』と言っていた。ランブル羊はなんだか楽しそうな座組だ、と言っていた。3作品とも二人芝居で、1時間45分の「荒野を歩く」と負けず劣らず「世界が終わらなかった」も「夏夏夏(トリプルサマー)」も世界観を支える情報やイメージや物語は膨大だ。だから中根道治も竹内もみも、体現するのは大変な想いでやっている。でも、海老原さんの言う通りだと思う。なんだかドコか明るい。いや「荒野を歩く」も、本番が近づくにつれて、みやちゃんと金野くんはどんどん明るくなっていったのだけど。僕も基本的にスタンスは変わらないのだが。なんか根本的に違う。それは二人には翼があるからかもしれない(これを言うと二人は微妙な顔するかもしれないが。でも僕はそう思う。まあ、もっとも中根道治はかなりナイーブな人だと思うけれど。竹内もみはかなり大地に根をはった樹木のようだし。それでも二人は翼を持っている、のだ)そうして僕らは今、走っている。あとはひたすらに加速してゆくだけだ。助走して加速して、翔ぶ。高く、翔ぶ。そうして日々の稽古で、僕らはどんどん夏になってゆく。

明日本番です。
いよいよやってきました。
その前に今日の夜に公開ゲネだ。
ドキドキ。
とにかく今日の昼からまた三人は集合して、明日の夕方まで突っ走るのだ。
なにはともあれ、僕らはただひたすらにランブル羊を謳歌する。
だって夏だもの。


僕らの夏は始まったばかりだ。
by moving_sheep | 2010-07-23 05:54 | 夏 夏 夏(トリプルサマー) | Trackback | Comments(0)

夏人(名前のない夏)

僕は少年だった。まだ13歳になったばかりだった。僕の村は、ある大国の南の外れにあり、さらに南には別の大国があり、ちょうど大国と大国の間でいつも微妙な立場にいた。その昔は南の大国の属村であったのだが、百年くらい前に今の国の属村になった。さらにその昔は違う国の、さらにさらに昔は別の国の。でも唯一何処にも属さない、村は村自身に属していたことがある。百年前の今の大国にくみしかれる前に、独村だった時代があるのだ。あるいはそれは一つの小さな国だった。それはたった30年程だったが、まるで永遠のように感じた。あまりにも幸せの密度の濃い時代だったのだ。その時代は、村に突如として、一人の圧倒的指導者「悠久」という名の男が、現れたところから始まる。彼は突然神の啓示を受け、ただの平凡な男が突如、そして村を独立に向かわせたのだ。その時代は短いながらも、桃源郷時代と呼ばれていた。それは「悠久」がこの世から消えるまで続いた。大国たちは静観していた。しかし虎視眈々とこの村を狙っていた。何故ここまでして、この村に大国の目が向くのかというと、この村はこの村の土地でしか育たない「蓬莱」という食物があった。その「蓬莱」は甘味が強く、滋養に溢れ、そこから抽出される搾り汁は『神の涙』と称されるほど、甘美な甘さが溢れていた。これが莫大な富をもたらすものだ。大国はこの村でしか育たない「蓬莱」の利権を求めて、大国同士の争いが、村とは関係なく遥か昔から行われてきた。そしてより「蓬莱」の価値を高価なものへと上げてゆく。何故ならあらゆる国の人々は、この『神の涙』を求め、いくらでもお金を出したからだ。それは麻薬にも似た、常習性のある甘さだったのだ。時には金よりも価値があるもので、時には命よりも大切にされるものであった。そしてそこの村には、その「蓬莱」にまつわる伝説があった。夏至の日に生まれるとされる、世界を救う英雄誕生伝説だ。その男は「蓬莱」がもっとも甘みと滋養がある夏至の日に生まれる。そして「蓬莱」を食べて大きくなり、その養分を力にして、そして世界を統べて、その男は王になり、人々を永久浄土へとつれていってくれる。それは村の誕生からずっと虐げられ、奪われ、強いられてきた人々の希望が生みだした伝説だった。結局、そんな英雄は生まれてこなかったし、村人はやはり抑圧されてきた。勿論、「悠久」が現れた時に、彼こそがその伝説の王だと噂されたが、彼は世界を統べることはなかった。村を独立させ、「蓬莱」の売買を自分達で管理出来るようになった。それだけだ。もっともそれだけで充分だったのだが。そもそも彼は夏至の日生まれではなかった。だからこの村では夏至の日生まれの男は、特別な意味を持って扱われる。そして僕は数百年ぶりの夏至の日に生まれた男だった。だから僕は小さい頃から期待され、教育され、そして失望された。あらゆる武術や学問を教え込まれたが、どれひとつとして皆の期待に応えることはできなかった。つまり僕は英雄にはなれない凡庸な男だったのだ。そうして次第に人々は僕に興味をなくしていった。いや逆に憎むようになってきた。両親は僕が生まれたことを嘆き、まわりの子供たちは僕を馬鹿にし、多くの大人達は僕を見ると自分達の不幸をより実感することになった。そうして憎む。『何故、お前は私達を救わないのだ。お前は夏至の日生まれではないか。お前が救いさえすれば』しかし僕は村を救えない。僕らの村は、それほどの圧政がしかれていたのだ。その苦しい中で、僕にお金をつぎ込んでくれたのだ。僕はただ悲しかった。期待に答えられないことが、人々の苦しみが、世界の成り立ちが、ただ悲しかった。僕は思ったのだ「僕は世界を統べる王にはなれないが、世界の謎を解き明かし、せめて人々を救う者になる」と。僕は13歳の誕生日に誓い、それから1ヶ月後、僕は一人の少女と一人の少年に出逢う。二人は村に必要な塩を、遠路はるばる北の海沿いの国から運ぶ、旅商人の馬車に乗ってやってきた。紅の混じった黄色い瞳をした少女と、深い深い蒼い瞳をした少年だった。この村は旅人に対していつも優しい。どんなに貧しくても、食料庫を開け放ってでも、もてなすのが決まりだった。昔からの村の風習であった。そして人々はこの時ばかりは解放され、何もかもを忘れて騒ぐのだ。だから人々は旅人を待ち焦がれていた。僕はその二人の旅人の世話をすることになった。彼らは僕と同じ歳で、かつ誕生日も同じだったからだ。そして僕は初めて友達が出来た。そして僕は長い長い大切な約束をすることになる。これが僕の、長い長い年代記の始まりの物語だ。

トリプルサマー「夏人」から放つ。「名前のない夏」始まりの章。

稽古は日々、風鈴の音が流れている。
僕らの夏は始まったばかりだ。 
by moving_sheep | 2010-07-23 05:05 | 夏 夏 夏(トリプルサマー) | Trackback | Comments(0)

彼女は、祭りのような新入生サークル勧誘のアーチを抜けて、まっすぐに、あるサークルの部室を目指していた。受験の当日にはもう、その部室を訪れていたので、場所は頭の中に入っていた。そうして校舎の3号館にある部室棟の一室のドアをたたいた。ドアには古代史研究会と書かれていた。すると中から、腰までの長い髪をした、ヒョロリとした背の高い男が現れた。「約束通り、来ました!」と言う彼女の笑顔に、優しく微笑みかえして言った。「待ってたよ。よくぞ難しいウチの大学受験を乗り越えてきた。歓迎する」「はい!」その長い髪の男は彼女の父親の親友である男の息子であった。小さい頃から、何度か会っていて、彼女が中学2年の頃から年に数回、文通をするようになった。彼女は彼のことを兄のように慕い、彼は彼女のことを妹のように可愛がっていた。彼は大学院の修士課程にいて、歴史に関する書物をいくつか出していた。その業界では面白い着眼点と切り口で、かなり期待されている男だった。彼女は小さい頃から世界中の国々の成り立ちに興味があり、独学でだが、かなり勉強をしていた。だから男が、歴史を専攻するために大学にいくのだと聞いてから、ずっと文通は続いていた。彼のことを尊敬していた。だから彼女が歴史に強く、男の在学するこの大学を選んだのは、ごく自然のことだった。何より彼女は日本にどうしても来たかったのだ。いやむしろ“行かなくてはならない”と思っていた。だから彼女は日本のこの大学のこのサークルに入ったのだ。そして大学の中でもかなり古くからある古代史研究会は、大学の傾向のせいか、たいしたサークル勧誘をせずとも、それなりの人数の新入生が毎年入ってくるのだ。もっともこの数年は、この髪の長い背の高い歴史研究家の名声のおかげなのだが。でも古代史研究会には珍しい伝統があった。新入生勧誘の祭りが終わったあと、しばらくしたら、ある場所に立て看板を置いて、新入生を勧誘するのだ。そうして不思議なことに毎年必ずその看板を見て、入部をしてくる新入生が何人かいるのだ。かつ代々、この時期に入ってくる新入生がいずれ部長をつとめることが多いのも、面白い傾向だった。また伝統として、必ず新しく入った新入生がその立て看板を描かなければならない、というのがあった。その年は彼女が描くことになった。それは髪の長い歴史研究家の薦めだった。彼女は小さい頃から父親の影響で絵を描いていたからだ。その腕前は美大生に負けず劣らず。むしろそっち方面でも彼女は大学進学を決めることが出来たのだけれど。彼女は歴史を選択した。父親は少し残念そうではあったが。このようにして彼女は立て看板を描くことになったのだが、実は歴史研究家からのリクエストがあった。彼女が高校2年の頃に描いた「天空の夏、地上の太陽」というタイトルの絵を、そのまま描いてくれと言うのだ。彼女は迷った。何故ならその絵は、彼女が長いことずっと心の中にあった漠然とした瞬間を描いた、とても大切にしている絵だったからだ。でも歴史研究家の熱意に負けて、彼女は看板を書いた。彼女は朝から7時間をかけて、水も食事も取らずに一気に描きあげた。そうしてそのまま17号館の裏に設置して、部室で呆けていた。ただ2時間、何も感じず何も考えず、彼女はまるで樹のようにただ、ソコに、いた。するとドアをノックする音がして、そのあとすぐにドアが開き、背の高い、痩せた男が顔を出した。「すみません。古代史研究会に入りたいんですけど」彼女はその声を聞いて、初めて彼を見た。「あっ。はじめまして」「あっ。はい。はじめまして」このようにして彼と彼女は出逢った。

トリプルサマー「夏音」からの抜粋26。

稽古は日々、灼熱の熱風がふいている。
僕らの夏は始まったばかりだ。
by moving_sheep | 2010-07-22 19:01 | 夏 夏 夏(トリプルサマー) | Trackback | Comments(0)

彼が古代史研究会に入ったのはたいした理由があったワケではなかった。ただ絵が気に入っただけなのだ。そう大学に入って、彼は様々なサークルの勧誘を受けた。文化系、体育会系、そしていくつかの新歓コンパに顔出し、タダ酒を飲み、結局どこのサークルにも入らなかった。なんだかどのサークルも自分の居場所のような気がしなかったのだ。そうして勧誘時期も過ぎ、1ヶ月たった頃に、校舎の17号館裏のちょっとしたスペースに、まるでひっそりと咲く花のように、一枚の立て看板が置いてあった。彼はこんな所に看板があった記憶がなかったので、ふとどんな看板なのだろうと思って、見に行ったのだ。それがまさに古代史研究会の看板だったのだ。その看板には、奇妙な絵が書かれていた。ペンキはまだ乾いていなく、つい一時間ほど前に書き上がったみたいだった。そしてそのペンキの艶やかさが、その絵の奇妙さを強調していた。絵には、一人の少女がゆるやかな丘の上で踊っている。そして一人の少年が少女の横で見たことのない弦楽器を奏で、一人の少年が岩に腰掛け、それを眺めている。丘は青々と繁り、真夏の太陽はまるで地上に降りてきているように大きい。絵の半分は太陽だ。まるで何処かで見たことのある風景だと思った。自分はこの風景を知っている。いや正確には、“この風景の中にいたことがある”という想いだった。“僕はここにいた”。彼は何かの小説とかのイメージが頭に残っていて、それと結びついたのかもしれない、と思った。そして記憶を探ってみたが、まるっきり手がかりがない。しばらく考えてからふと、彼は右下に小さく書かれてある『そこにある真実を紐とく。古代史研究会』という文字を読んだ。「そうだ。このサークルに入れば、何か思い出すこともあるかもしれない」こうして彼は、古代史研究会に入ることを決めたのだ。そのようにして、彼は古代史研究所で彼女に出会った。

トリプルサマー「夏色」からの抜粋24。

稽古は日々、目隠しをしながらスイカを割ろうとしている。
僕らの夏は始まったばかりだ。
by moving_sheep | 2010-07-22 11:42 | 夏 夏 夏(トリプルサマー) | Trackback | Comments(0)

覚悟をさらに覚悟する

今日、初めてお客様の前で、芝居を観せた。もっとも作品をトオシて最初から最後まで観せただけですが。二人はかなりの緊張をしていた。もう驚くべき緊張をしていた。素晴らしいことだ。こういう緊張感が芝居を良くするのだ。つまり、二人が緊張する人でないと意味がないということか。つまり、今日のお客様は二人に大切な緊張を与えた。つまり、素敵な素晴らしいお客様だったというワケだ。リラックスと緊張、両方必要だ。観終わったあと、彼女は適切なアドバイスを残して去って行った。本当に、そのためだけに来て、観て、大切なモノを二人に残して去っていったのだ。これはとてもとても大きい!と思った。この経験はとても重要な意味を持っている。まあ、勿論、生かすも殺すも僕ら次第なんだけれども。なんだかワクワクがトマラナイ。何処まで行けるか。アガク。アガクヨ。アガコウ。

稽古は日々、花火のように、咲いたと思った瞬間に散ってゆき、また、咲く。何度でも、何度でも咲く。
僕らの夏は始まったばかりだ。
by moving_sheep | 2010-07-21 22:37 | 夏 夏 夏(トリプルサマー) | Trackback | Comments(0)

僕が語ることが出来るのは、彼と彼女のほんの一部分でしかない。二人の年代記を書こうと思った時に、僕は僕の年代記と向き合わなければならなくなった。何故なら二人の始まりの夏に、僕の物語があったからだ。つまり、僕は彼らに会うことが重要だったのだ。彼女の川と、彼の川と、僕の川が合流して、遥かなる大河になる。そこで初めてクロニクルの本当の意味を知る。僕は南の抑圧と解放を抱えた小さな村に生まれ、世界中を冒険する長い長い旅をして、世界の謎を解き明かすために、今、ここに、いた、のだ。ある夏の日に気づき、そうして二人との出逢いの意味を知る。僕らは夏に出逢い、夏に別れ、再び夏に出逢ったのだ。だからとりあえずは彼らのハナシをする前に、まずは僕の物語を話そうと思う。少し長いハナシになると思うけど、出来れば辛抱強く聞いてほしい。始まりは遥か昔の記憶から始まる。

トリプルサマー「夏人」から放つ。名前のない夏。

稽古は日々、夏のアイスクリームみたいに溶けている。
僕らの夏は始まったばかりだ。
by moving_sheep | 2010-07-21 22:00 | 夏 夏 夏(トリプルサマー) | Trackback | Comments(0)