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なんとか無事に移動する羊、稽古場公演「それでも僕らは荒野を歩く」終わりました!

ご来場していただいた皆様、本当に、本当に、ありがとうございました!

14日のトオシに人をよんで、観てもらって、感想を聞いて、僕はたぶん生まれて初めて、絶対的評価を得たいと思った。絶対的評価。それはなにはさておき、この作品を楽しみ、堪能し、世界観にシンクロし、この作品を圧倒的に好きになって欲しいということ。僕は別にそんなに絶対的評価を欲しいと思わない。勿論、評価をしてもらえることもあるけれど、嬉しいけれど、そんなに気にならない。好きな人もいれば、嫌いな人もいる。そして好きでも、嫌いでも、その程度は様々だし、それでいいと思う。でも僕は、初めて絶対的に評価してくれる人が欲しいと思った。何故だろう?自信があったのかもしれない。でも僕がやっているのは演劇であって、小説ではない。そこには演じる役者がいる。一緒に作るスタッフがいる。僕一人ではたどり着けない。何故なら演劇は集団の芸術だからだ。必ずしも、作品を役者が体現できるとは限らない。スタッフと意思疎通が出来ないかもしれない。だからとても難しいことだけれども、でも僕は絶対的評価が初めて欲しいと思った。目指すし、あがくけれども、たどり着かないかもしれないと、思っていた。でも、最後の本番が終わったあとに、絶対的評価はやってきた。あっさりと自然に現れた。彼女は作品の持っているものを、熱く語っていた。役者の素晴らしさを熱く語っていた。彼女にとって、作品は明日へ進むためのキッカケになったようだった(たとえささやかであったとしても)作品が僕らの手を離れて、一人で歩きはじめた。勿論、作品を発表した時点で、もう僕らの手を離れているんだけど。

とりあえずは、たどり着けたのだろうか。

でも、僕の中の旅は終わらないし、それでも、僕らは、荒野を歩く。

本当に本当にありがとうございました!
by moving_sheep | 2010-05-17 21:09 | それでも僕らは荒野を歩く | Trackback | Comments(0)

彼女は絶対的な無邪気さゆえに、とてもとても残酷だ。その残酷さはきっと強さなのだろう。その強さはきっと美しさなのだろう。その美しさはまさに、美也。彼女を現している。無邪気に笑いながら。

そして彼女は、荒野を歩く。
by moving_sheep | 2010-05-16 08:58 | それでも僕らは荒野を歩く | Trackback | Comments(0)

彼は絶望と恐怖の中で作品を作り続けた。そしてひたすら高みを目指す。高く、遠く、深く。そこからたち現れる表現を目指して。

そして彼は、荒野を歩く。
by moving_sheep | 2010-05-16 08:50 | それでも僕らは荒野を歩く | Trackback | Comments(0)

みやちゃんが異常に明るくなってきた。もともと明るいのだけれど、さらに明るくなってきた。異常なほどのテンションであり、明るさであり、無邪気さだ。いやむしろ、作品作りはかなり大変な状況になってきている。大変というか、死ととなり合わせな感じなくらい生命に触れあって作っている。もうほとんど魂で動いている。ジュンジュンは先日のトオシの、後半のある時点から、芝居がなんだか明るくなった。なにかのヒューズがとんだか?と思うくらいの変化だ。ひょっとしたら本人は気付いてないかもしれないが。ランナーズハイとでも言うのだろうか?過酷な状況の中で、二人がさらに遠くへ行くために、アドレナリン全開で走っている。実は、今日の夜のトオシに、公開ゲネも本番も観に来られない人が顔を出す。どうしてもどうしても来られなくて、どうしてもどうしても観たいのなら、トオシでも観て貰うのも構わないと思い、観てもらうことにした。今回は映像も残さないし、限定的な組み合わせだし、レアではある。しかし、あくまでもトオシだし、ゲネよりもさらに状態はよくないわけだが、そんな理由で観てもらうことにした。急遽決まったのだけれど。もし、誰か、どうしてもどうしてもという方がいらっしゃれば、愛川まで連絡ください。作品としては本公演なみのボリュームだし、思い入れもあるし、こだわってもいる。莫大な情報量の中で、二人は本当に頑張っている。作品としては2、3ヶ月コンスタントに稽古をやらなくてはならないくらいの脚本だ。それをこの短い時間の中でやらなければならない。音響と役者しかいないが、作品は劇場公開に負けないくらいにしたいと思っている。いやむしろ、まさに移動する羊だ。役者が何処に行っても表現者としてそこに“在る”ことが大切なのだから。とりあえず、ただ、ひたすらに、アガク。なにはさておき、アガク。もっと高く。もっと遠く。もっと深く。そしてそれに反比例するかのように二人は明るくなってゆく。まるで太陽の下、真剣に遊びまわっている子供のように。

あと2日(厳密に言えばあと1日。公開ゲネが初日だと思っているから)

そんなこんなで、今日も稽古は続いてゆく。
by moving_sheep | 2010-05-14 06:16 | それでも僕らは荒野を歩く | Trackback | Comments(0)

まどろみの王国

なんとか第六感まで使いながら演出をして、ささやかな短い睡眠につく頃に、ただ祈る。目が覚めたら役者二人が作品の高みに届きますように、と。ただ祈る。全力で台詞を放ちながら、人間を生きようとアガキ続けるジュンジュンはまるで、祈り続ける僧侶のようだ。そして役の人物の経験を手にいれようと、作品の奥まで物語を歩んでゆくみやちゃんは、まさに祈りを稽古場で歌っている。前回のミッシングウォーク公演の時に観に来てくれた女優さんに「祈っているだけじゃダメだよね」と言われたことがある。まったくその通りだと思う。祈るくらいなら、ひたすらあがいているほうが良い。そんなことは自明のことだ。それでも祈るだけしか出来ない時がある。僕は短い睡眠時間で、やってくるまどろみの中、悪夢にうなされ、ただ祈る。どうか辿り着いてほしいと。作品が届くかどうかは舞台に立った役者しだいだ。と思っている。どんなに瞬間、稽古場で素晴らしい表現がたち現れても、皆様に観てもらう時に表現出来ないと意味がない。どんなに見事に演出と役者が噛み合っても、ちょっとしたことでズレてしまえば、台無しになってしまうこともある。紙一重は決定的な差になる、ことがある。心を使い、身体を使い、頭を使い、あとに残っているのは祈りだけだ。僕はまどろみの王国で、その瞬間だけ祈りを唱える。リアルを。もっとリアルを。とりあえず二人は祈る時間すらないほどに、作品の高みに向かって走っているけれど。祈るのは僕だけで構わない。ああ。そして今日も、僕らの物語は終わらない。


そんなこんなで、今日も稽古は続いてゆく。
by moving_sheep | 2010-05-13 05:27 | それでも僕らは荒野を歩く | Trackback | Comments(0)

依存する羊

稽古場に劇団やぶさかの主宰演出脚本の海老原さんがやってきた。音響兼演出助手兼制作で入ってもらった(わーなんだその肩書き)三人だけで稽古を続けていたから、すごいドキドキである。そしてなんだかスタッフが演出している側にいると、まるで演出家になったような気がしてくる。愛川です。普段はあんまりそんな意識はないのだけれど、スタッフがいると立場をなんか認識する。すごく新鮮な気持ちになって楽しい。演出するだけに集中出来て、とても効果的だ。それに海老原さんはさすがにやぶさかで演出家をしているだけに、シーンの稽古に入る前とかの緊張感が素晴らしい。これはとても大切なことだ。基本、役者は多少なりとも、緊張を持って舞台に上がるものだからだ。やっぱり稽古場でそういう緊張感を経験しておくのは大事だと思う。たんに「じゃー何々の台詞から」と言うだけで、ピリッとする。ああ、ここまでやってくれるなんて、アリガタイ。僕はいつもヌルっと入る。時に役者任せだ。クラップ(芝居を始めるにあたりキッカケになる音。基本手を叩く。撮影のスタート!と同じだろうか)をドウゾ、と言われてビックリした。そういえば、クラップなんて久しく叩いていなかったのだ!「はい、ドウゾ」とか言うくらいだ。それに演出をつけた後、役者が頷いて、自分の意思で始めたりするので、一言もキッカケをあげない場合もある。勿論、外部で演出をする時や客演が多い時は、役者との関係もあるので、やり方は多少なりとも変えているのだけれど。とにかくスタッフが稽古場にいるのって素晴らしいわー。そして演出助手がいるって本当に良いわー。そして、そして、やっぱり劇団やぶさかにはお世話になりっぱなしだわ〜。さすが依存する羊。

そんなこんなで、今日も稽古は続いてゆく。
by moving_sheep | 2010-05-12 22:09 | それでも僕らは荒野を歩く | Trackback | Comments(0)

公開ゲネ!

5月16日日曜日に公演する、移動する羊稽古場公演「それでも僕らは荒野を歩く」でも、日曜日には来られないという人のために、前日の土曜日の3時に、稽古場所は違いますが、公開ゲネをやることにしました。日曜日は来られないけれど、土曜日は来られるという方は是非移動する羊愛川まで(loveriver@di.pdx.ne.jp)『公開ゲネ希望』とタイトルに書いて連絡ください!場所は池袋サンシャインシティの先にある東池袋第2区民集会室です。3時からです。

是非、皆様いらしてください!
お待ちしております!
by moving_sheep | 2010-05-11 17:02 | それでも僕らは荒野を歩く | Trackback | Comments(0)

海の底を目指す

ジュンジュンが突然叫んだ「スゴイよ!やっぱり父さんの言った通り、ラピュタは実際にあったんだ!」それは、あるシーンが「スゴイよ!」という台詞で始まるのだが、きっと突然パズーが去来したせいだろう、急にそう叫んだのだ。あまりのことに僕とみやちゃんは大笑いした。ジュンジュンは何事もなかったかのように、芝居をはじめた。金野君は声優の仕事をしている。ここ何年かはとても忙しくしていて、移動する羊の作品にガッツリ出ることはなかった。久々の復帰戦が莫大な情報量の二人芝居なんだから、かなり悪戦苦闘している。普段はワルノリもする男だか、今回はあまりそんなこともなく、黙々と芝居を作っている。そんな金野君の作品に入って行くための、きっと“息継ぎ”だったのだろう。そうして彼はまた、海の底を目指してゆく。深く、深く、彼は魚になる。

そう彼は、世界の深淵へ向かう、一匹の魚だ。

そんなこんなで、今日も稽古は続いてゆく。
by moving_sheep | 2010-05-11 06:11 | それでも僕らは荒野を歩く | Trackback | Comments(0)

移動する王国

みやちゃんが劇団やぶさかの稽古に午前中だけ顔を出してきた。んで羊の稽古場にやってきた。たった半日で、なんだかすっかり別人のようになっていた。せっかく役作りしていたのに〜と思いつつ、なんとか愛川と二人でもとに戻した。さすがにすぐに戻ってきたけれど。もっとも、もともと劇団やぶさかの人間なのだから、自分の劇団の佇まいが故郷なのだ。こっちが旅先なのだ。そう考えるとある意味、ちゃんと羊の世界観に身をおける彼女がすごいのだが。でも気をゆるすとすぐにやぶさかだ。あと1週間、なんとか移動する世界にとどまる(ん?矛盾している?)約束をした。しかしみやちゃんが、「やぶさかの稽古に顔を出した時に『ただいまーみんなー!』って思ったのがいけなかったんですね〜」と無邪気に言っていた。僕はそれを見て、「この無邪気さこそが彼女の最大の武器なんだな〜」と改めて痛感した。いろんな意味で恐ろしい。

そんなこんなで、今日も稽古は続いてゆく。
by moving_sheep | 2010-05-11 05:43 | それでも僕らは荒野を歩く | Trackback | Comments(0)

共演。競演。饗宴。 熱い。 というか二人ともスタイリッシュだ(と言うとジュンジュンは「他に別な表現ないですか?」と言うが。確かにもっと他に素敵な表現がありそうで、模索中なのだ、が)

でも、こないだの練習で、金野君のあまりの絶望に溢れた長台詞を聞いて。僕が絶望した。全然スタイリッシュじゃない。ムフー。むしろ暗黒だ。

でも、こないだの練習で、みやちゃんがどんどん内に入っていった。そしたら逆に世界から音が消えた。全然スタイリッシュじゃない。ムフー。むしろ真空だ。

暗黒も真空も、実はそこにあらゆるものがヒソンデイル。のだ。 その中で表現を移動し続ける。

まさに二人は、移動する羊だ。

そんなこんなで、今日も稽古は続いてゆく。
by moving_sheep | 2010-05-10 14:21 | それでも僕らは荒野を歩く | Trackback | Comments(0)