始まりの場所に戻ると、思い出す。
朝、ヨーグルトに蜂蜜を入れた時に、考えたことがあった。「ああ、メモしておこう」と思っていたけれど、ほんのちょっと別なことをついついやってしまったのだ。
ええ、そうです。そうなのです。僕は何をメモしようと思っていたかを忘れてしまったのです。きゅう。しょうがないので蜂蜜を入れた場所まで戻ってみる。するとメモしようとしていた事を思い出したのです。
やった。
あるね。
しょっちゅうある。
ちなみに思い出したこと。
「蜂蜜なくなるから今度買っておこう」
でした。
「え~!?こんなの忘れるの!?」
はい。
驚いたです。
くぅう。
それはさておき……。
大事なことは『始まりに戻る』という事。
何となく感じていた気心が、形になったような気がしました。それは大学生として上京してきた姪に会った時から覚えていた、始心。
姪との散歩はまさに始心を思い出させてくれたのです。自分ではない誰かの『始まり』だったとしても、触れることで、連動して、始まりをまた始めることがある。
だから考える。
思う。
「……僕は何のためにココに来た?」
『始まりに戻る』
圧倒的に無意識で関与してくるような存在がある。その関りは、相手を殺すも生かすも、かの本人の無意識次第なのだ。意識でやる、やれる人も居るけれど、無意識の人の方が、圧倒的に力が強いと感じる。
…何かコワイハナシになっている…。
いえ、そうそうある訳じゃなくて。
ゆっても無意識だし、関わらないし。
たいしたことでは…ない…はず…。
そう思いたい…。
…でもまあ…あると思っていて。
その者を味方につければ最強だけれど、敵(実際的な敵なら呪は発生しにくい。つまり〝好き〟が大前提にあって変質した、結果においての…敵)になると、大変。
別な力を持っている人と関わるとか、自分自身が影響を受けない状態にするとか、かなり強く対抗するしかないのだ。これは個人的な感覚なので、他の人がどうとかではなく。
物理なら『物理的に逃げる』という分かりやすい構図だが、心理ゆえに、見えないモノへの対応が求められるので、対処が難しいのがこの好きゆえに現れる〝呪〟だと僕は思っている。
好きは消えているのかもしれない。
おそらく始まりもない。
呪だけが残る。
残呪。
そしてそれは波のように大きく小さく。
時に凪になり。
まるで自然現象だね。
果たして解くことは出来るのか?いや八百万の神々と同じように、良いも悪いもやってくるのだから、共に生きていくというのが、まさに生きるということなのかもしれない。
「……えーと……」
ん?
「単にまた好かれればいいんじゃない?」
はっ!
うむ。
いいねぇ。
出来るものなら……。
「できるよ」
え?
「始まりに戻ればいいじゃない」
『解呪』
愛川武博