移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

『悪魔はいつだって囁いている』~2026年4月8日(水):目先想創


やはり今日も朝からモノを落とす。
モノには物だけじゃなく記憶とか?
丁寧さとか?
(そのたびに唱える「丁寧に…」と)
いよいよ持って小皿を落として、割った。
二枚。
きゅうっ。
とはいえこの状態は妥当だとも思い。
それでも踏ん張っているとは、感じている。

昨夜からトルマリンを空気清浄機の排出口に置いているのですが、これが思った以上に〝良い〟と感じている朝なのです。電気石と呼ばれるトルマリンは、圧力を加えるとマイナスイオンを発生させる。

だから風にさらされているだけで、マイナスイオンは出ていないと思うのだけれど、どうにもいつもより良い感じがするの。これがフラシーボ的な効果だとしても、自身に変化を感じるなら素敵。

しかし僕は逆に感受が強くなった気もしている。何かを感受している。真夜中にあった聴こえたオソロシイ一言は、むしろ自分の力が上がっているからかもしれない。
受け入れる力の、光闇の感受。
世界はいつだって背中合わせだ。

それでも踏ん張れているのは、トルマリンのお陰かもしれないなと思いつつ、同時に螺旋器官(三半規管のことです)がオカシイのだ。特に右耳がくわんくわんしている。まるで何処かへ向かう道を閉ざされている感覚だ。

「螺旋が閉ざされ、円環にされている…」

これもまた己の思い込みかもしれぬ。

そして思う。
背面が思考している。
「悪魔だって創るのだ……」
憎悪や闇や絶望を、ね。
それは反転、友愛や光や希望を創ると同義。
也。
ゆえに我、悪魔なりても、悔いはなし。
そしてここは荒木ジョジョ彦先生のように。
言わせてくれ。
声高々に叫ばせてくれ。
「堕ちるんだよぉぉぉぉ」

何処へ行っても大切を大事にするならば、光でも闇でも、誰かにとっての善でも悪でも、守るべきものとしてきっと在るのだろう。
弱肉強食だわ…。
ふぅぃん。
にゃり。
闘いの日々であります。
ね。


愛川武博


by moving_sheep | 2026-04-08 19:54 | 目先そうそう | Trackback