遅くに眠り、早くに起きた。
まさかの短い時間睡眠。
どうにも脳が興奮している、のだろう。
無自覚。
いいねぇ。
ずっとだと大変なことになる。
しかし創作にはイイ状態だぜ。
生きるぜ。
代償を払いながらね。
映画『ハリーポッター』シリーズ。
鑑賞。
ここの所、家事など色々な合間に観ている。
もちろん日本語吹替で。
(流し観だから。ちゃんと観るなら英語です)
ほらよくあるじゃない?
お気に入りの映画をずっと流し続ける人。
(昔、レオンをずっと流している知人がいた)
あれみたいな感じ。
ちなみに今まではアニメとか?
流していた。
ゆえにアニメはあまり覚えていないこと多々。
(全部ではないけれどそれなりのアニメ数…)
さて。
このハリポタ流し。
結構、イイ感じなの。
世界観が明確で映せばばイメージ広がるから。
動かされる。
だからいよいよ考えている。
前からずっとやりたいと思っていた事。
「ジブリ全作品流しルーティンやってみる?」
コレ、やっちゃう?
宮崎駿監督作品だけでもいいかも……。
昔からやりたかったの。
……DVDセット……購入しようかな……。
そしてハリーポッターでこれだけは明確だ。
「ハーマイオニーめちゃくちゃ可愛い!!!」
想創な目先をやめて、目先的だけどゆるっとした、稽古でもない想創でもない、単なる『目先徒然』を書くことにしようかなと、考えているのであります。
江戸より更なる昔、平安の頃の感覚の方の『徒然』で書く。ワルクナイ。だからしばらくしたら徒然目先になるかもしれないことを、ここに記しておきます。
「何か変わる?」
「うーん・…変わらない…かな…」
「なんだいそれ」
「でももっといい、加減になるれかも……」
「なるほど。それは悪くない。君には」
「え?」
「いい加減なくらいがむしろ、イイ」
「……ありがとう……」
いえ、こんなことは誰も言ってくれません。
きゅう。
妄想です。
でもワルクナイ。
想い創るを捨てること。
『目先徒然』
※徒然~何もすることがなくて退屈で所在がなく、手持ちぶさたで時間を持て余している静かな状態。始まりは平安時代の上流階級で生まれた、退屈で暇な時間にこそ心が澄んで、思索が深まるという価値観。
そうつまり〈つれづれ〉とは、何もないからこそ、気がつかなかった心の奥を、世界を、ソコにある数多の様色を見つめて、感受して、向き合うという事なのです。
ちなみに江戸時代からは退屈さや所在のなさや、つまらなさを意味する言葉に変化したのです。現代ってほら、江戸文化の影響が大きいので、今は軽い意味合いが大きい。
「余裕の時間が創るを創る」
一日一丁寧。
「歯磨き洗濯に時間配分」
やってやりました。
今日も今日とて。
丁寧体を手に入れるために。
でもまた今日もふわふわ、ぐだぐだ、でい。
(Dayと「てやんデイ」を掛けています)
夢夢夢の無無無の霧霧霧のタケヒロ。
でした。
眠ります。
きゅぐう。
愛川武博