遠くを見ていた。
思考する。
「羊が云う〈遠く高く深く〉は『広く』へ向かうのではなく、むしろ『狭く』へ向かう意味だったのかもしれない」
旗揚げ前公演『ラジャ・ラウト』で語られた〈遠く高く深く〉は、広く大きくたくさんを、と繋がっていると考えていた。でも逆だったのかもしれない。
限られた中で突き詰める線の、放射の象徴が、まさに〈遠く高く深く〉であった。いつか自分の放射線が、円から球になることをイメージして向かう同時性であった。のかもしれないと考えた。のは、「広く大きくたくさんを、捨てる選択をしなければならない」とふと思ったから。
あの始まりの日々と同じように。
だから今こそ。
遠く。高く。深く。
その同時性を。
曇り空を眺める。
厚い雲。
見ていると、視点収集家の血が動きだす。
僕は今、霧中だ。
あの一寸先が見えない霧に居た瞬間だ。
甘い水の香り。
暖かい冷たさ。
寒い温かさ。
フィードバック。
僕は今、まさに雲の中にいる。
さらに感覚を呼んでいる。
飛行機から見た街と町と海と森と川と雲。
瞬間、空を漂う雲になる。
天空を移動する。
世界を覆い尽くすべく。
まるで遠く高く深いみたいに。
でもすぐに我が身に戻ってしまった。
「いや雲になったことないし…」
別物になるのは難しいよね。
現実的には無理だ。
肉体の物理に抗えない。
けっきょくはおのれのままで。
おのれがゆくしかないのだよ。
きりにもくもにも、ましてやかすみにもすらなれない。
ただ、いっしゅんのくもには、なれる。
なれるのだ。
あまりに厚い雲に、長い時間、眺めてしまった。
愛川武博