移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

『もっと世界を見ることに決めたんだ』~2026年2月25日(水):目先想創


⑤ずつう
夕方からめちゃくちゃ頭が痛い。
かなり痛い。
世界を強く見て感じたからかもしれない。
……違うか。気庄か……。
おそらく低気の影響を受けている。
それだけなら…いいけど…。
どちらにしても開くと、大変だ。
『目先は一日の数分でいい』
目先メソッドをそのように設定した。
その意味を知った。気がする。
頭痛い。
耳を塞いで温めて、だいぶ良くなったけど…。
ゆえに瞬間世界ノートをそのままに。
伝えることをお許しください。
頭が痛いのです。
眠ろう。
「明日、ちゃんと目覚められるといいなぁ」
ここ数年、本当によく思う。
だからもっと日々をしっかり生きたい…。
なかなか本気になれないけれど。ね。
おやすみなさい。


④ていへんすう
人々を観察しながら「やはり変えられないところと、変えられるところの違いを認知して、判断基準にしてから、変えられるところを変える行動が必要だよな~」と考える。

数学の定数と変数を例えに出す人がいる。確かに定数は定数なのだから、変数で勝負しないと先に進めないよね。錬金術で金を造ろうとして長年研究して届かないみたいな。

自分も変えられるところを変えようと思いつつ、変えられないことが変わる世界を夢想する。「いやいやそういうとこはダメよ」と改めて考えても、物語作品を創る時に、変えられない物理が変わる世界線を生み出したり(あまりしないけど)して、それが面白かったりする訳だから、やはり定数を変数に変えてやろうとする力は魅力的だよねと、距離を持ちながら我が事のように考える。

人間観察タイム。
見る。観る。視る。
まさに人は十人七色だ。
(四割くらいは一緒になる、ほどに、同じ志向が一定数いると感じているので、僕にしてみると十人十色ではない、うえに、定数は状況環境教育で変わる七色だと考えている。)


③ちきん
昨夜揚げた手羽チキン(骨を先に取ってある最近お気に入りのやり方ガブリちきん)を眺めながら、糖化した茶色がまるで悪魔に見えてきた。これを『知っている悪魔』と呼ぼう。いや『知っている天使』でもあるけれど。朝からたっぷり油は重いかもしれないが、美味いのは知っている天使と悪魔(2本ある)と向き合いながら、僕は今、闘っている。食べる?食べない?


②あめ
ぶるぶるマシーン(上に立っているだけで痩せるかも、と思って買ったは良いけれど全然痩せない振動マシーン)に乗りながら、強めに降っている外を見ている。

駅へ向かう小道を、駅へ、線路沿いに傘をさしながら歩く人々。真横のガジュマルたちのお陰で、まるで森から街を見おろしているみたい。

いつもの線路を走る電車の中の人々は、曇った窓のせいで影だけだ。いつも「あちら側から僕が見えるだろうな」と思いながら車内を眺めているけれど、だいたいみんなスマホを見ている。

自分は電車に乗ると、半分くらいは窓の外を眺めていたりする(立つ座る位置で変わる)ので、不思議に感じたりもする。見るべきものはスマホから先の、もっと広い世界なのだろう。確かに魅力的だからね。とはいえ、電車にもよるけれど、ごくたまに出合う線路沿いの住人たちは、時にネットの中よりも動かされる、日常で非日常な醍醐味でもある。と僕は思ってしまう。

おお。出勤が増える時間だ。ぶるぶるを降りてベランダに出て、雨が連れてくる空気と匂いを味わう。透明な花や紺花がやはり多いけれど、カラフルな花をその頭上に咲かせて歩く人々のお陰で、僕の心にも花が咲く。ただ、ちょっとだけだけど、吹き込む雨のせいで濡れる。そしてお陰様で、少し心が清らかにもなるのだ。

いやはや。
お陰とせいでを繰り返す。ね。
それが人生か。

でも実はずっと「お陰だ」と本当は思っているのだけど。あえてね、思いの解釈(言葉)を変えてみたかったの。世界目先を始めた僕には、全てがお陰になってくる。
ただこれだけは今、事実。
「のんびり世界を見たせいで時間がなくなった急げ~」


すぎる
世界の一部である自分ではなく、世界を五官、六感で目先する基本に帰るべきであると昨夜から考えている。ゆえの行動。その形。


愛川武博


by moving_sheep | 2026-02-25 21:05 | 目先そうそう | Trackback