2026年 02月 12日
『語る無意識』~2026年2月12日(木):目先想創
『しししししししのし』(昨日の目先)はどういう意味ですか?と問われ、答えた。『し』は詩であり思であり使であり始であり試であり志であり史であり私であり死です。
「ヒーローに憧れる。自分を助けてくれた人に憧れる。でもいつしか現実に気づく。何より先ずは己の性に気がつく。いつの間にか獣を身に宿すということ」
「世界が僕を求めたら?」なんて考えることもある。でも、ない。考えているってことは、ひょっとしたら「世界に求められたい」と僕が求めているのかもしれない。そんな視点を思う。世界が求めるなんて、どんな天才偉人特別な思考なのだ。だって世界は先に天才偉人特別を求めない。後から求めてくるものなのだから。そしてやはりいつだってココに着地する。「この瞬間で共に在り、共に世界と創る、のみ」
夢で過去がやってくる。僕の過去に生きている人々が来る。夢は、情報の整理が基本機能だとする。だから過去が来るとしても、おそらく己の記憶という名のいにしえから来たのだろう。そのように考えるけれど、「でも本当にそうだろうか?」といつものように迷う。
夢で見た、優しい柔らかな微笑みの彼女は、本当に僕の来歴が連れてきたのだろうか?仮に、もし仮に、彼女自身が夢にやってきたのだとしたら?
「どうして夢じゃなく現実で現れないのだろう?」と思ってしまう。でも、これまたいつものように考え直す。「意識でなく無意識だからこそ、夢にやってこられるのかもしれない」と。
意識のように見える無意識は、まるで『意思を持って動いている』ように見えやすい、ものなのだから。そして夢は無意識界を経由する(という仮説の中で僕は語る)以上、現実にはやはりやって来ないのだろう。これまでと同じように。今がまさにそうであるように。未来もまたそうなのだろう。
「無意識を知らない…」
だからまさに「僕の知らない僕の無意識が、実は本物の仲間を求めているからかもしれない」と意識した。という。
何度も記してきた、夢に訪れた人々の話。
愛川武博
by moving_sheep
| 2026-02-12 20:04
| 目先そうそう
|
Trackback

