2026年 01月 21日
『因果交流電燈の一つの青い灯なのだということ』~2026年1月21日(水):目先想創
因果律を書き換える。
僕らは因果に囚われている。原因があり、結果がある。それは例えば蝶の見る夢ですら、世界を変えられる可能性があることを意味している。世界に広がる闇を受ける者も居れば、光を受ける者も居る。閉ざして目指すことも出来る。だからこそ、因果律の因果率を変えていく意識を持つ。ということ。
同時に自分が因果の何処に居るのか?例えばそれは元素配置のようだ。元素記号の何処に居て、世界と関わっているのか。数多を占める窒素や水素や酸素や鉄だとしても、レアーだとしても。位置を知り、特性を知り、因果を知る。それは関りを、知る。だ。
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昼間のまどろみノート。
残っていたノートに想いを馳せる。
因果と、きっと縁と業。
それを書いていたのだと思う。
しかし、である。
ちょっと意味が分からない…。
具体が。
何に気づき、何を手に入れたのか。
目指そうと思ったのか。
むしろ「手にしていない」と思ったのか?
まあ、いいか。
覚悟、あるいは決意、もしくは選択。
それだけはあったのだと思う。
きっと。
具体はいつものように探す。
だって具体は移動し変わる。
だって読解する日々を生きるは我の在り方。
それにしてもめちゃくちゃ寒いのですけど…。
すっかり雪国の詩人みたいな気分だ。
こりゃ南国移住計画、あるな……。
ただね。
暖かい場所に居られると、寒いもいい。
寒暖を受けると辛いけど。
でも暖かい場所から見る寒冷は悪くない。
「……これが富裕層、支配層の感覚思考か…」
そう思った今日のこと。
なるほど、こりゃ対岸の火事だ……。
いや灯だ。
え?飛躍しすぎ?
そうかな……?
触れた気がする。
深く、深く思い考える、感じ、でありました。
ふむ。
うむ。
愛川武博
by moving_sheep
| 2026-01-21 21:11
| 目先そうそう
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