ふと思う。
「人は皆、ぬすびとだ。巧妙なだけで、君もあなたも僕も私も、誰かから何かを盗む、ぬすびとなのではないだろうか?」。法律においての盗人と、巧妙で実際的な盗人の違いなだけで、本質的には変わらないのではないか?『人は誰しも誰かに迷惑をかけている』という発想に似た、意味で。
良い悪いは関係なく、ね。
そして同時に一般性で考える。
「盗め。だって勝てば官軍なのだから」
『一年の計は元旦にあり』
という言葉がある。
物事は始まりが大事で、計画を元旦に立てた方が後々の成功に繋がるのだ、という諺ですが、計画じゃなくても、気持ち心持ちだとしても、最初が大事ってあるなと思うのです。
やはり年始で、誰に会うかとか、何処に居るかとか、メールでもSNSでもいいから誰と関わるのか、とかで一年が変わると感じていて。
昨年始はインフルエンザにかかったこともあり、姪と姪の子どもたちが鹿児島から上京して、一緒に東京観光をするまでの数日間、人にほとんど会わなかったことで、一年、前向きに励めたのだと、ここ数年を比較して実感したのですよね。
やはり無視やないがしろや否定拒否や、身勝手な、それも無自覚に自分は上等な人間だとどこかで思っているのが滲み出ている人に、年始は特に関わってはいけないなと考えた。ワケです。
でも『しっかり理解する機会だった』と解釈すれば、おかげさまで明確になったことが多々あって、前々から思っていたけれど、今年はより決めていた取捨選択を実践できそうだと、今は、考えている。今は、ね。だって自分は甘いのよ。そうなの。だから本当は何より痛感したことは、「本当に自分は甘々だぜ」ということでした…。
とほほ。
甘い。甘すぎた。
今度こそ。今度こそ。
己の甘いゆるゆる部分を引き締める。
そう思う日々でありまする。
しっかり活かさないとね。
だって明日で正月休みが終わる。
ふぃん。
始まり、頑張れ。
しかし僕はよく日々「今日が始まりの日だ!」と、勝手に〈元旦〉指定をして午前中を過ごしたり、〈元日〉指定をして一日を過ごしたりするので、いつでも始まりは始められる。のだ。はずだ。
しかし元旦元日パワーには敵わない……。
ふむ、この機会を大事にしよう。
したい。
したいねぇ……。
うむ。
おやすみなさい。
愛川武博