2025年 07月 21日
『語る無』~2025年7月21日(月祝):目先想創
否定拒否ないがしろは強いから、近くに否定拒否ないがしろがあると知らずに影響されていることがある。闘って抗っても、染み込んで、いつしか自分の中に否定拒否ないがしろが増える。ことがある。そうして返してしまったり、誰かに連否してしまったり、する。だから眺めたり逃げたり闘ったりしながら、己の異変に早めに気づくように心がけるのでありました。
『努力の仕方』が下手だという自覚が昔から、ある。もちろん『努力が苦手』もかなり、ある。おそらく根拠のない自信と、根拠が生まれた『ちょっとやったらすぐできた経験』が小さな頃からあったので、そうなったに違いないと思っているが、さて、どうだろう?どちらにしても『努力』について思うところのある僕は、二十年近くも前から「努力の方向を間違わないこと」と言っているけれど、未だに難しいなと。
「無意識は口元に出やすいなぁ」と僕はよく思う。客観的に見ることが少ない自分自身に対してでもよく思う。他者を見ていると、「美しさも醜さも口元周辺に現れやすい」と感じるの。もっと言えば『口元から広がっていく』というか。例えば笑っていたとしても、「口元から他の顔面に波及する無意識と、意識の狭間で生み出される〈歪み〉とかが現れているなぁ」と感じてしまうのです。自身が「無意識状態になっている」と気づいた時、偶然鏡を見て、僕はある口の形をしていた。その形が自分の『無意識の現れ』のスタンダードであると知った。同時に、無意識になりやすい心や思考や感情の『ある領域』へ入ると、必ずその口の形になるということ。無意識の種類によって、やはり口元は変わるよね……。ちなみに、その口形、すごく変えたいのよねぇ。いやはや。口元は目ほどにものを云う。
愛川武博
by moving_sheep
| 2025-07-21 23:16
| 目先そうそう
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