移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

『水と風と君と僕と』~2025年5月12日(月):目先想創


我が家の気温が低いのは、家にいる数多の植物たちの影響に違いない。
〈蒸散〉だね。気温が高くなると自身の水を水蒸気として周りへ放つ。その水蒸気が蒸発する。気化熱によって気温が下がる。世界と己が冷却される。ふむ。素晴らしい。
昨日の我が家は涼しかった。時に寒いくらいに。
『昨日は暖かかったですね~暑かったですね~』と報道をチラリと見聞きすると思う。
「そうかぁ昨日は暑かったのかぁ」
外を見ると雨が降っている。小雨だ。その手前にいるガジュマルたちに尋ねる。
「君たちには昨日は暑かったのだろうか?だから室温を下げてくれたのかしら?」
真っ直ぐに上に伸びるガジュと、横に広がろうとするバズはもちろん答えることはない。
どちらも家に置くには、それなりに大きなガジュマルだ。十年はたっているだろうか。奄美大島の大きなスーパーにあるガーデニングコーナーから一緒に上京してきたガジュとバズ。来た頃は両手で包めるほど小さかったけれど、今は僕より大きい。
「おかげで暑くはなかったけれど、むしろ我が家は少し寒い気がしているのだけど、そこのところは、どう考えているか、知りたいものだね…」
答えない。何も言わない。でも僕は、どこかで二つのガジュマルにはケンムンが棲んでいると思っているから、ひょっとしたら返事が返って来るかもしれないと耳を傾ける。まるで聴こえない。
ケンムンとはガジュマルの樹に棲む妖怪・妖精で、沖縄だとキジムナーと呼ばれている。
幼い頃の僕は脚が長かったらしく、姉たちにケンムンみたいだと言われていたが、今はすっかり人間だ。むしろ脚は短い。残念だ。でも体に流れる島の血が教えてくれる。気がする。ガジュマルたちの想いを。
「風と水を、君に届けるのが僕らの、私たちの在り方だよ。ずっと昔からネ」
僕は頷く。島で出逢った、小さな頃からずっと一緒にいた数多のガジュマルたちを思い出す。今でも僕の中で木陰をつくり、登っても怒らず、風を呼んで風に揺れている。
僕はいつものように霧吹きを取り出した。水をかける。霧を吹きながら思う。
———でも君たちに水を、光を、与えるのが僕の在り方でもあるから、お互い様だね。
風は吹かない。家だからね。
でも風は吹いている。心に新しい空気が入り込む。息を吸いこむ。そして僕は言った。
「でも、ちょっと寒いんだよねぇ」
言って思う。言葉にする。
「あ、服着ればいいのか。半袖だからね。それに今日は雨が降ってるから、そもそもが寒いのか…すみません…」
というわけで薄手のロングパーカーコートを羽織りました。とさ。そういうトコ、ある。一度した格好を変えないで過ごすとこ、ある。寒かったり暑かったりするままに。着たり脱いだりすればいいのにね。そういうトコ。
———何事も、お互いが、与え与えられるなら素敵だね。
なかなか難しいと感じるけれど、そんなことを考えたのでした。


愛川武博


by moving_sheep | 2025-05-12 20:41 | 目先そうそう | Trackback