2025年 03月 22日
『いつか消えたら、違う実感覚に気づいて新たに、ね』~2025年3月22日(土):目先想創
劇的に執筆スピードが上げられる訳ではない。上げられることもある(それこそ〆切前とか?)けれど、短い時間であっという間に息切れしてしまう。短い時間で辿り着いても、クタクタになって後遺症でしばらくゼロになってしまう。そもそもケガをしたりする。うむ。よろしくない。まさに短距離の全力以上疾走だ。
「なるほど、走り(もしくは歩き)だと考えたら、何だか腑に落ちる。」となかなかスピードが上がらない執筆現実を、走りや歩きや登山とリンクさせて思った。
長い時間、歩くこと(それこそ登山とか)になると、ペース配分もあるし、止まらない方が意外と疲れなかったりする。それは長距離を走る時も同じ。そして遠くへ行くために長距離を走るのならば、ある一定のスピードは大事。それに立ち止まると、また走り出すのにかなりの体力気力が必要になる。歩きはそうでもないけど、登山もまさに、そう。
そこから基本(一定)スピードを上げることになるのだろうな。走りながら、歩きながら、登りながら上げていく意識、だね。とはいえずっと走り(歩き)続け、距離とスピードを上げるのって、おそらく年単位なのだろう。
だから先ずは歩くということ、走るということ、登るということ。時に遠く、時に高く。時間をかけてもいいし、たまには早くもいいだろう。そして何より基本は毎日やるという事。
形にすると当たり前のように感じるけれど、当たり前すぎて何度も意識してきたことと一緒だけど、でも自分が改めて腑に落ちたのなら、改めてそれはジツになる。チカラになる。つまりジツリョクになる。のだと、思った。今日のこと。
愛川武博
by moving_sheep
| 2025-03-22 23:42
| 目先そうそう
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