移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

『雨と海月』~2024年8月30日(金):目先想創


自然災害はやってくる。台風がやってくる。気をつけなければならない。
南国生まれで台風がよく来る中で育ったので、ある程度の自覚はある。死ぬからね。しかし同時に営みの一部でもあるからこその、恵みの側面を感じている。
雨。
水。
それは動物、植物、飲み水だけじゃなく、心に与えるものでもあると思っている。心をも潤す、水。少なくとも僕は雨を求めている。

僕の住む地域は本当に雨が少ない。
今回の台風でずっと雨の予報があるというのに、驚くほど、降らない。
暗雲たちこめても、ぱらっとすることがあっても降ることはない。
普段から、降ったとしてもそれほど続かないのよね。一年しかココに居ないけれど。時期的なモノなのか場所的なモノなのか……?
雨、好きなんだけど、な…。
とはいえ今回の台風はさすがにかなり降るでしょう、なんて思っていた。
しかし、やはり、まるで、である。
それが今朝、やっと雨!ああ、恵みの雨!
と思ったらまさかの午前中の途中まで………。とほほ。
農家ではないので直接関係がある訳ではないけれど、恵みと脅威は背中合わせなのだと実感する。
台風が恵みと剥奪を呼ぶ。
与奪の力。
自然は本当に善悪がない。現象だけがある。

「アメ、ふったね」
「久しぶりだね」
「うん。やっとカサつかえる~」
「……ベランダだけど、ねぇ」
降ってくる声に、僕は雨に濡れるのを覚悟して、少し身を乗り出し真上を見上げた。
少年と母親が傘をさして線路を見ている。少年は顔を出している。母親は傘と手だけで顔は見えない。踏切の音が鳴った。踏み台にでも乗っているのだろう少年は、緑色の雨合羽を着て、薄い黄色の傘をさし、遠くの方を指さした。
「でんしゃ、きた!」
電車が右から左へ走る。150mほど先にあるホームへと入ってゆく。電車好きにはたまらないロケーションを持っているマンションだろう。駐輪場と路地をはさんで、線路の真横に建っているからね。
「たいふうでも、うごいてるねぇ、すごいねぇ」
「凄いね~」
風は強くないが、母親は腕をまわしながら反対側から息子と傘をそっと支えている。彼女がさしている傘は、淡いパステルの海月が何匹も泳いでいた。よく見ると、薄い黄色の傘の中にも、淡いカラフルな海月が泳いでいる。
「まるで雨の中を泳ぐ海月みたいだね……」
つい小さく、かなり小さく呟いた僕に気づいたのか、少年はぱっと僕を見下ろした。
目が合った。
彼はにこっと笑うと頷いた。
僕もとりあえず頷いた。
彼女は何かに気がついたのか、傘が動くのが見えたから、僕は慌てて顔を引っ込めた。
「何?」
「ううん、なんでもない。ただくらげが、アメのなかをおよいだだけ」
「そう。………ん?…んんんんん?」
「いいの」
いいね。良い返しだ。素晴らしい返しだ。意味はちょっと分からないけど、分からないだろうけど、ね。
僕はまるで強くない雨を見ながら、台風と一緒にやってくる海月を、雨空の中に見つけだそうとしていた。

台風は恵みと剥奪だけじゃなく、物語と海月も連れてくる。らしい。


愛川武博


by moving_sheep | 2024-08-30 19:54 | 目先そうそう | Trackback