移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

『人はこれをちゃらんぽらんと呼ぶ、きっと』~2024年5月22日(水):目先想創


歩きスマホって意外と許せるものだなってふと今朝、駅前で思った。とはいえ、それはおそらく『確認スマホ』なのだろうけど。それくらい許してあげたいし許してほしい。


No one is flawless. / 欠点がない人間なんていない。
前に芦田愛菜ちゃんが、インタビューで言っていた。「完璧なperfectより、欠点がない、という意味合いのあるflawlessという言葉の方が、支えてもらっている感じがする」だから、flawless。だそうで。
フローレス。この言葉で連想したのは、自分は完璧主義者というより完全主義者なのかもしれない、ということ。
欠けている部分、欠点がない『完璧』。これ以上にない、状態。
必要な条件をすべて満たし足りない部分がないこと『完全』。
つまり完璧の方がより「強い」のである。無欠なのだ。
逆に感じるけれどね。完全の方が最高値、無欠ってイメージがある。
でもその基本意味に戻って考えてみたら、完全主義の方が己には近いかなと、思った次第。
そもそも完璧より完全の方が現実的で、かつ他者に対しても自分に対しても物に対しても、バランスが良い感じがする。
完全無欠な完璧より、不足や欠点がない、くらいの完全の方が色々いい。
『気づかない程度かもしれないくらいの不足や欠点がある』完全は、この世界ではむしろ必要なことだとも思った。
実際の自分は、完全にもほど遠いけれど。
つまり完全主義なくせに、中途半端ってことだね。色々と甘さが出ているってこと。
「それならいっそ心持ち的には、八割。むしろ六割五割、いや四割主義くらいの方が、現実と齟齬がなくていいんじゃない?」と自分に言いたい。
「でもやはり理想って、あるじゃない?求めてしまうじゃない?」なんて思う完全主義者なところがある僕は、同時に己の不完全さに振り回されるのでありました。
………完全よりもっと下、ないかな?
あったらそれがいいんじゃない?それ目指してみるのも、いいんじゃない?
あ「ほぼ」か。「ほぼほぼ主義」、いい塩梅かも。
一気に軽い主義になった。いいかも。調べてみよう。
『ほぼ』
全部である完全である、ではないけれど、それに近い状態。
「概ね」「大体」「あらかた」「おおよそ」もあるね。
ほぼが九割。概ねや大体などは八割といったところか。なるほど。
完璧→完全→ほぼほぼ→大体→適切→適当(雑とかではなく、ほどよく当てはまる、いい加減という意)と、下げていけたら少しは生きやすくなるかもしれぬ。
とはいえ実感としては自他共に、対象に対して『主義の程度』が変わる気がしている。
仕事、趣味、生き方、娯楽、遊び、表現、作品、職業、関係、人生、恋愛、結婚……。
それぞれ違う気がするのよね。年齢でも変わるかな。
これは完璧主義、今は適当主義、とか?
主義が一貫としてあって、他の対象にも同じ主義で向き合う人も確かにいるけどさ。ずっと変わらない人も居るけどさ。
「主義は、それぞれの対象で分けよう、それが適切だ」
と、とりあえず適切主義の僕が言う。
「個人の仕事は完璧主義な雰囲気を出した方が受けがいいかもだから、ソレで~」
と適当主義のあたしが言う。
「だいたいでいいよ、だいたいで」
と大体主義が顔をだす。
「まいど、楽しくやってる?まあ……楽しめればいいんじゃない~?あはははははははは」
と快楽主義が笑っている。
にぎやかっ。
最後はおちゃらけ主義の武博くんがやってきましたよっていう、そうそう。
まる。


愛川武博


by moving_sheep | 2024-05-22 20:04 | 目先そうそう | Trackback