移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

『最高失敗』~2024年4月18日(木):目先想創


駅前通りを真っ直ぐ抜けると幹線道路に出る。
その通りは、ここに引っ越しをする前に、何度か車で通ったことがある道。
行きたい店が通り沿いにあったから。
その頃は、まるで他人事の道で、極端に言えばまるで色褪せた街並みのように感じた。地方の栄えていない町。色がない、通過する世界。
でも、今は違う。
彩り溢れ鮮やかで確かに物語が存在する、生きている町街。
僕は今日、車で何度か道を往復しながら思う。
「河川を舟で移動しながら観光しているように、僕は車で移動しているのだな」
と。
前に仕事でずっと車に乗っていた時に「川を移動して様々な生活圏へ移動する舟なのだな、車は」そう思っていた。
文化、生活、それを両脇に見ながら移動しているのだ、と。
改めて実感した。
散歩をするときに、観光客でありながら自分事のように考える町街は、車だとまるで他人事で、画面越しのフィクションだ。
観光地の、だいたいの観光客がそうであるように、そこは見学するだけの世界で、生活する場所ではなくて、自分事に考える場所ではなくて、消費するだけの、もしくは深く関わる面倒をさけた他者の世界。
車だと、ほとんどの町街をそのように観る、割合がかなり増えるのだと気がついた。
僕はここに来るまでこの町は、画面越しの白黒な世界だった。
そういうものなのかもしれない。
いわゆる『普通』なのかもしれない。『一般的』な感覚なのかもしれない。
世界には『普通』が本当は存在しない。
同時に自分の中には『普通』を創る。
自分は、僕らを縛る、捕らえる『普通』の中で生きていたのだと感じた。
少し残念な気持ちになった。
とても大事な場所でもある『普通』を持つことがイヤな訳ではなく、『普通』になってしまって当たり前になって『気づかない』『気づいていない』ことがイヤなのだ。
気づいて、選択したい。
誰かの普通になることも、自分の普通を貫くのも、数多を知って選択したい。可能ならば。可能な限り。
だからこの視点思考感覚気づきは、僕にとっては大きなことだった。

ちなみに何度も往復したのは、用事のために必要な物を忘れてしまって、取りに帰ったせいである。途中で気がついた物で、半分往復。もう一回は目的地に着いて気づいて、戻って、行った。
己の不甲斐なさにガッカリしていたけれど、大事な気づきに出逢えたのだ。

これだから失敗はやめられないぜ!

うん、いや、できれば、したくない、よね……失敗…。
うん。

うん。


愛川武博


by moving_sheep | 2024-04-18 22:35 | 目先そうそう | Trackback