移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

『様色な気心』~2024年4月16日(火):目先想創


近くの幹線道路には、押しボタン式の信号が結構、ある。
押して、信号を変えて、向こう側へと渡る。
夕方、買い物へ行った。
普通の信号を渡り、そのまま歩道を歩いてゆくと、スーパーマーケットの角にある信号の前で、幾人の人が信号前と、スーパーの入口から出た歩道前との間にある広いスペースで、信号が変わるのを待っている。
十人弱。自転車の人もいる。
先頭は、一人だけ横断歩道の白線ギリギリに立っている、老婆。
押しボタンはそのちょっと先の、丁字交差点の角にある。
でも近くにきて、その一団がそれなりの時間を待っているように感じた僕は、先に見えるボタンを見た。
すると『しばらくおまちください』のランプ文字が付いていない。
「ああ、きっとボタンを押していないのだな」と思った僕は、近くまで行って表示を再度確認したのち、ボタンを押して、その先の目指している店へ、信号のない歩行者優先の横断歩道を渡った。
振り返ると、反対側に渡るたくさんの人々が見えた。
つまり、その数多の人々は、横断歩道の前に立つ老婆が、ボタンを押して待っているのだと信じて疑っていなかったのだ。
先入観で「押さないと信号が変わらないと老婆は知っているはずだから、きっと押しているはずだ」とか「先頭にいるのだから、押しているだろう」とか、思っているから、ずっと待っていたのだ。
でも実際は、僕がボタンを押してから、短い時間で信号が赤に変わり(その信号は、時間帯によるかもしれないけれど、夕方はすぐ赤になるので)、やっと車は止まり、渡れた。
この事象を見て、複雑な気持ち心持ちになった。
自分でも、こういうことは、ある。
ただ、何も考えず、前に追随する。
だからこそ、見ない、気づかない、想像しないこと、先入観や人任せが生む現象に対して、混ざり合った気心が生まれてしまったのだと、思う。
ちなみ、きっと老婆はボタンを押さなければならないことは知っていた、と思う。
この近辺では押しボタン式信号はとても多いし、昔からあるのだろうし、初めてではきっとないと思うから。
同時に「押さないと渡れませんよ」と教えてあげるべきであったかな、とも思った。
それはそれで余計なお世話なのかもしれない。
どちらにしても、とても色々と考えさせられる出来事で。
自分自身も鑑みながら、ある種の怖さを感じる現象でありました。


愛川武博


by moving_sheep | 2024-04-16 23:59 | 目先そうそう | Trackback