2024年 01月 26日
『数多が創る一つ』~2024年1月26日(金):目先想創
『一事が万事』という諺が当てはまることは、日々で確かにあると思う。そして僕は『万事が一事』って言葉をあえて使うことがある。間違った使い方である。しかしその『万事が一事』を口にする自分は、『事』のことを言っているのでなく『在』のことを言っているのだと、今さらながらに腑に落ちた。事象を言っているのではなく『在り方(存在)』を言っているのだ。『事』ではなく『在』あるいは『存』から生まれる、一つ一つは関係ないように見えて根本が同じようなことをする『万事』だから「万事が一事」と伝えているのだと理解する。この一事とは、とても大切な事。大事。在り方。場合によっては生き方。人格。だから正確には「一在が万在」もしくは「一存が万存」からの『万在が一在』『万存が一存』なのだ。普段から『大切な時に繋がっている』と思っていないと、大事な時、一事な時にやれない、手放す、という感じ。舞台役者が一瞬は掴んだ素晴らしい演技を手放すのに似ている。たとえば、何かを普段から巧妙にないがしろにしている人は、いざとなっても、いやいざとなったら、まさに大事をないがしろにして、大事を大切に出来ないという在り方が出てくるってこと。ああ、なるほど、だから、僕はそんな無意識や自意識を見たり聴いたり感じたりすると、自他関係なく反応するのか、と思った正午でありました。
こんな正午のノートを読んで思うこと。
「伝えるの、難しい……。」
あと、〈存〉も〈在〉も似たような意味だから、いつもどちらが適切なのか、迷うよね……。
ただ、この腑に落ちたノートを、先ずは自分にしっかりと記して刻んで、行動になるようにしたいなと思うのでありました。
愛川武博
by moving_sheep
| 2024-01-26 19:08
| 目先そうそう
|
Trackback

