移動する羊 是楽日

kohitsuji.exblog.jp

移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

『今、ここで生きているなら意味が生まれる』~2024年1月20日(土):目先想創


『ゴールデンカムイ』鑑賞。
原作が好きで、その原作の力を感じつつ、漫画の世界観を大事にしようとしながら作っている映像もまた、とても面白いものでした。最近の漫画原作の映像は、漫画の良さを殺さないように可能な限り頑張っているので、本当に観に行くのが楽しみです。もちろん映像だとどうしても表現できない事(倫理や鑑賞範囲の規制)があるから、カットしたりアプローチを変えたりして、とかあるのでしょうけれど、尊重する努力がしっかり感じられる。お互いの文化を尊重して歩み寄る、とても大事だなと思いました。ああ、早く続きが観たい。

雨はいいな。素敵。夕食までの間の散歩では降ってはいなかったけれど。湿気の中で歩くのは、いい。たまに少し雨がぱらつくのもいい。夕食の餃子ビールはとても美味しかった。

学びの中に、厳しさと共にある学びがある。厳しいとか、辛いとか、酷いとか、イヤだとか、腹立たしいとか、思うのは人それぞれで、そのようなネガティブと一緒に学ばなければならないようなこと(学びの中には強制や矯正が生まれる場合がそれなりにある~出来ないことのまま人が学ぶなら発生しやすいこと)は、感謝すべきことでもある。何故なら、学び、大事を身につけるために必要な場合もあるから。あの時に厳しくされて(ネガティブに関わって)良かったと感謝することがある。感謝する。しかし手に入れた後に、感謝を忘れて、ネガティブだけが残り、ネガティブな思いに囚われることがあるのだと、腑に落ちた。逆もあるけれどね。ネガティブだったものが、実は感謝すべきギフトであったと思う事も。もっとも感謝を持っていない人の方がそれなりに多いのだろうなと、経験上思う。後々感謝すべきギフトであった気づき、感謝に変わるのを、それなりに見て聞いて伝えて貰っているからこそ、余計に思う。いつか感謝に変わるなら、それは良かったと、思う。思いたい。連動してほしい。同じように、あの時に学んだネガ→ポジからの感謝を、忘れたことに気がついて思ったこと。
気づけて良かったと思えるように、また、考えるのでした。


愛川武博


by moving_sheep | 2024-01-20 22:32 | 目先そうそう | Trackback