2024年 01月 17日
『そして誰もいなくなったなら、もう自分を見るしかないものね』~2024年1月17日(水):目先想創
夢を見た。ゆうちゃんがいた。りょうくんがいた。はまだがいた。先輩である僕がいた。彼らの芝居稽古しているのを見る。観る。昔書いたテキストの幾つかを合わせたような二人芝居を、昔よりうまくなっている演技で演じていた。彼らの後輩である高校生たちが、大会作品を最初から少しずつ通し稽古している芝居も観た。休憩中、高校生たちとハナシもした。再開する高校生たちの稽古のあと、ふと気がつくと部室から誰も居なくなった。ドア窓を開けて外を見る。雨が降っている。置き忘れた白い服。世界には誰もいないように感じられた。
過去の自分が思ったネガティブな思考で、無意識に(ときに意識的に)やってしまったコトが、後々、前向きに変換してポジティブに行こうとした時に、過去のネガティブ遺産が、知らぬ間に巧妙に、未来のポジティブ自分の足を引っ張ることがあるのだと、実感した。
たとえばネガティブ状態のメモが、未来のポジティブ自分に嘘を伝えたりする。過去のネガティブから生まれた嘘や、どうでもいい、テキトー、が形として残って、後々の自分を苦しめる。
うむう。何といえばいいか……無意識の拒否とか嫌悪とかが発動した結果、乱暴な形を残していて、未来においてはポジティブになっているから、その形をポジティブなものとして捉え、信じ、行使するというか。
でもひょっとしたら、まだネガティブが残っているから、続いているから、なのかもしれない。
ネガティブがあるのに、前向きになっていると思っている事が、問題を起こすのかもしれない。
なるほど。あるね。
どちらにしても、中途半端は良くない、切り替え大事、自分の状態に気がつくの大切、ちゃんと見たり聴いたりするのってやっぱり必要。何より確認しなきゃね。
観察、検証、確認。
自分にも。
愛川武博
by moving_sheep
| 2024-01-17 21:51
| 目先そうそう
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