移動する羊 是楽日

kohitsuji.exblog.jp

移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

物語 「夜を生きる物語」 作:愛川武博


彼女が眠りにつく頃に、彼はゆっくりと目を覚ましました。
彼はみんなにはヨシキと呼ばれていました。
本当は義之という名前なのですが、みんなは縮めてヨシキと呼んでいました。
ヨシキは昼間を寝てすごし、彼の双子の妹のホシミが眠りにつく頃に起き出してきます。
昼はホシミが、夜はヨシキが二人は交わることなく起き出し、そしてそれぞれの日々を生活していました。
きっかり十二時間、彼らは眠ります。
普通の子供にしてはちょっと長い睡眠時間ですが、双子の6歳の二人には必要な時間だったのです。
いつの頃からか二人は夜と昼を分けて生活するようになりました。
あれはたぶん、3歳の頃くらいだったでしょう。
その日は夕方から雷が激しくて夜には近くに雷が落ちて停電になりました。
その時に、二人が住んでいた一軒家は真っ暗になってしまいました。
両親はローソクをつけて夕食をすませました。
ホシミとヨシキは小さな手すりのついたベッドの上にいました。
暗闇の中、時々光る世界の美しさに見とれていました。
その夜二人は声を聞いたような気がしました。
「夜を生きる者と、昼を生きる者に別れて生きることになろう。それは世界を支える運命を持つ二人の宿命。夜と昼と世界がひとまわりする、そのすべてを二人で支えて生きていくことになるだろう」
はっきりとそう聞こえたわけではないのです。
そのように雷と共に聞こえてきたのです。
でもまだ3歳だったホシミとヨシキには意味が分かってはいないのでした。
ただどこかで懐かしい声が聞こえるという程度のものでした。
それは昔、お母さんのお腹の中にいた時にどこかで聞いた声でした。
その夜のことでした。
ヨシキが夜中ずっと起きていました。
ホシミはそのまま眠ってしまいました。
そこからです、二人が夜と昼に別れて生きるようになったのは。
二人は正確に8時と20時にきっかりとまるで機械のように交互に睡眠をとります。
両親は二人を医者にみせました。
でも原因不明で、無理に起こそうとしてもどちらも起きることはないのです。
心配はヨシキでした。
やはり夜を起きているというのは身体に悪いのだろうと、思われていたからです。
でも、ヨシキは平気でした。
一晩中、絵本を読んだりテレビゲームをしたり、絵を描いたり、一人で遊ぶことにも慣れていました。
でも学校に行くようになったら、昼間は寝ているヨシキには無理な話です。
両親はそのことを考えると、どうしたら良いだろうと頭が痛いところでした。
初めはヨシキと一緒に、夜中を父親と母親が交互に起きていました。
しかしそれも夜中におきていても、ヨシキが何か問題を起こすことがないと分かると、真夜中はよっぽどのことが無い限り、父親も母親も自分の睡眠時間をとるようになりました。
0時前から、6時くらいの6時間はヨシキ一人で起きているということになりました。
ヨシキは絵を描くのが好きだったので、飽きることなくずっと絵を描いていることも、よくありました。
ある8月の夜でした。
その日も雷が光っていました。
でも雨は降らない夜でした。
夜中の2時頃です。
突然、チャイムがなりました。
こんな真夜中に誰がやってきたのでしょう。
ヨシキは玄関まで行ってチェーンをかけたままドアを開けました。
のぞき穴は背が低くて届かなかったのです。
するとドアの向こうに白髪の老人が立っていました。こんな真夜中にいったい何の用でしょう。
「どなた様ですか?」
ヨシキは聞きました。
「私は雷と共にやってきました。部屋に入れてもらえないでしょうか?」
白髪の老人は言いました。
「雷と一緒に来たのです?何処から来たのですか?」
「遠く西のほうから。雷は昼と夜の温度の差によって発生します。遠く西のほうに突然生まれたのです。そこからあなたに会いにきました。こんな夜中にすみませんが、夜しかあなた様が起きていらっしゃらないから、しょうがありません。どうでしょう、ほんの少しの時間で構わないのです。部屋の中に入れてもらえないでしょうか?」
ヨシキは悩みました。
しかし老人の雷と共にやってきたという話に興味がわいてきていました。
それに自分に会いに来たと言うのが、とても気になりました。
何故僕なのだろう?
僕が夜中に起きていることを何故知っているのだろう?
恐れより、好奇心のほうが勝ってしまったのです。
「いいよ。今開けるね」
そういうとドアを一度閉めてチェーンを外して、老人を家の中にいれました。
その時、雷が光ったと思うと、すぐさま音が鳴り響きました。
近くに落ちたのでしょうか。
「すごい雷だ。今のは落ちたな」
老人はそう言いながら、長靴を脱ぎました。
「今日みたいな日でしたね、あなた方二人が別れたのは」
「え?どういうこと」
「覚えていないはずです。まだ3歳そこらの頃ですから」
「ホシミとのこと言っているの?」
「そうです」
「それじゃ僕らが起きて会うことが出来ないって知っているの?」
「いかにも」
「そうなんだ、いつも僕らは出会うことが出来ない。起きていようと思っても眠気が襲ってきて眠ってしまう。そして次に目が覚めたときにはホシミはもう眠ってしまっている。昔はそんなことなかったはずなんだ。よく覚えていないけど。3歳の頃だって言ったよね。その頃からなの?誰も教えてくれないんだ。まるで生まれた頃からこうだったように。きっとパパもママも知らない間にこうなっていたんだ。きっと」
「寂しいですか?」
「寂しいよ。どんなに揺らしても起きないんだ、ホシミは」
「でもそれがあなた方に与えられた運命なのです」
「ウンメイ?」
「そうです運命です。選ばれたのです」
「選ばれた?誰に?」
「世界に」
「世界って何?」
「世界はあなた達です」
「僕たちが世界?」
「そうです」
「じゃあ僕たちは自分でこんな風になってしまったの?」
「夜を守るため、昼を守るために、あなた方は二つに分かれたのです」
「おかしいよ。そもそも世界が僕たちだなんてやっぱり変だ」
「確かにヨシキ様は世界ではありません。例えであります」
「変な例えだよ。何を例えているの?」
「世界にあなた方が必要とされていることの例えです」
「必要とされている?」
「そうです。空と海と大地が崩れてしまわれないように支えているのです」
「僕は何もやっていないよ」
「夜を生き、物語を生きています」
「物語?」
「夜を生きる物語です」
「僕が夜を生きているだけで物語になるの?」
「そのとおりでございます。しかしいつかあなた様は本当の物語を語ることになるでしょう。これからたくさんの物語を生き、時に作り、夜を生きる冒険者になるのです。その物語は世界を支えるのです。たくさんの想いが世界を支えるのです。今はまだ小さいですが、これからは不思議なことがあなた様を訪れることでしょう。私はそのことをあなた様に伝えたくて、遠く西のほうから生まれてやってきたのです」
「僕が夜を生きる物語か。実は僕、外に・・・外に出ようと思っているんだ。外の世界がどうなっているか、考えるだけでワクワクしてくるんだ。でも同時に怖いんだ。夜って何か人間を狂わせる魔物って言うの?そういうのがウヨウヨいそうで。これが物語ならどんな結末が待っているのか」
「さて私はそろそろ帰るとしましょう。もう少しで雷雲も東のほうに移動していきます。そして海へ出たら、私も消えてなくなるでしょう」
「死んじゃうってこと?」
「そうではありません。また生まれてくまで、いっとき休んでいるだけです」
「また会えるかな?」
「いつかその時がきたら」
そういって老人は玄関に座っていたのをスクっと立ち上がると、長靴をはいて玄関のドアを開けました。
そうして深々と頭を下げるとこう言いました。
「是非、外に出てください。あなたの行動は物語であり、世界であり、私はそれに仕える一人のシモベであります。またいつか雷が生まれてくる頃に、お会いできることを願っています。それでは失礼しました」
老人は静かにドアを閉めました。
ヨシキは深く深呼吸をしました。
そして確認するようにドアを開けて外を見ました。
そこには誰もいなく、ただ雨の降らない雷だけが光っていました。
そっとドアを閉めました。
それから部屋に戻り、パジャマを脱いで外に出かける用の服に着替えました。
「今日から新しい物語の始まりだ」
そういうとドアを開けて夜の世界へと一歩前に進むヨシキでした。
彼は世界に選ばれた少年。今、新しい物語へ。




Fin


by moving_sheep | 2023-12-20 00:00 | 物語/目先物語 | Trackback