移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

『ぼくの休日』~2023年12月18日(月):目先想創


まるで休日みたいな月曜日を過ごした。
というか僕にとっては休日だったのだけれど、世界(日本)も休日なのかなと思っていた、ということなのです。
朝から図書館へ行って執筆していたときも、夕方に散歩したときも、夕食を食べたときも、僕の『休日変換』がくりかえし発動していました。
寒い中を散歩して、夕食を食べてまた散歩しながら帰宅する。とても楽しい時間ではありましたが、ずっと休日感がある。僕はそこで思ったのです。休日を休日たらしめているものは、国が決めた祝日ではなく(数多の人が創る休日感も、休日を強く感じるモノではありますが)もっと個人的なモノに起因する休日感ってあるのだなと思った。
それこそ僕の『休日観』があるのだろう。
休日に必要なモノ?
組成。
考えてみる。
僕にとって休日に必要なもの。何だかはっきりしなくても、確かに僕の中にあるのだけは、解る。なんだ?なんだろう?そうか。
「居ない」だ。
人が居ないのである。確かに図書館も人が少なかった。驚くほど。町も、店も、人が居ない。同時に考える。他にももっと重要なものがあるのではないか?ある。片手落ちな感覚がある。明確に、他にも休日を創っているモノがあるように感じる。ある、のだ。ある?有る。在る。そうか。
居ない、と同時に居る。
無いのに、有る。
「世界に人が居ない、そして自分の中に存在する大切が、居る。」
相反するようなこの感覚があると、僕は休日のように感じるのだと、思った。
例えば、具体例を言えば、人が居ない場所に、心を赦した大切な人(たち)と居る。
それが休日。
うまく伝えられていないように思うけれど、〈居無い〉と〈在る〉のバランスで僕はきっと休まることが出来るのだと思った。
そしてふと、思った。
「世界に人がたくさん居たとしても、心を赦した共に創れる人(たち)と一緒に居れば、それはもう、僕の〈休日〉なんじゃないのかな」
ああ、そうかもしれない。
僕の休日。
大事。
休日。
そして未来へささやかに思いを馳せた。

「いつか、ずっと続く休日を生きてみたいものですね」


愛川武博


by moving_sheep | 2023-12-18 22:04 | 目先そうそう | Trackback