目先物語 「羊マルチバース」 作:愛川武博
『短い睡眠時間の中でも半分意識があって、ずっと何かを考えているような感じで眠っている。』気がしながら僕は、4時近く、夜と朝の狭間に目が覚めた。
何かに呼ばれたかのように、窓の方へ目を向けた瞬間、息が止まった。
誰も居ないはずの部屋の片隅に、誰か、居る。
居るワケがないのだ。一人で住んでいる。鍵も閉めた。居るとしたらそれは、おそらくこの世のモノではない。
僕はベッドに腰掛け、ドア窓に寄り添うように座っている何者かへ目をこらした。
白い。
ふわふわしている。
なるほど。
僕はその存在を理解した。
それは一匹の羊だった。
〈どうやら自分は睡眠が足りないみたいだ。もっと僕に睡眠をとるように、羊が夢の領域からやってきたに違いない。〉
僕は心の中で自分自身への冗談を呟き、その羊へ静かにゆっくりと話しかけた。
「おはよう。いや…まだ夜中だからこんばんは、かな?うーん“おはばんは”ってことにしておこう、うん、ね?」
羊は何も答えない。
僕は動かず10秒待ってから(しっかり頭の中で数えていた)、頭のてっぺんの髪の毛を右手でさわり、顔をふせ、軽く息をはいてから顔を上げて羊を見た。そして言った。
「君は何者なのだろうか?」
やっぱり羊は何も答えない。
僕は動かず今度は6秒待ってから、頭のてっぺんの髪の毛を両手でさわり、顔を下げて、深く息をはいてから顔を上げて羊を見た。そして言った。
「君は僕、なんじゃないだろうか?」
やっぱり羊は何も答えない。
「君は未来かい?それとも過去かい?あるいは、もう一つの人生を歩く、僕の姿かい?」
根拠なんて何もなく、ただ思いつくままに言ってみた。
羊はスクッと立ち上がると、そのまま左手にある、開けてあったふすまから居間を通り、台所へと向かって歩いていった。
僕はベッドからふすまの向こうの台所を見るために、顔を出して羊の行方を探してみたが、羊はもう何処にも居ず、いつもの我が家の風景だけが残っていた。
羊はなぜ現れ、どこに行ったのか、は分からない。
でも必ず意味があるはずだ、と思ってみたが、世の中には意味なんてなく、ただ現象だけがあり、その現象に意味を持たせる自分が居るだけだ、と思い直した。
意味なんてない。
ただ羊はやってきただけなのだ。
それでも僕は意味にしたいと思った。
起こったこと全てを意味にして、無駄にしたくないと心の底から思ったのだ。
何よりそれが自分らしいから。
Fin

