『届力』~2023年9月27日(水):目先想創
『届く』って凄い力があるんだなって思う。
当たり前のように僕らは色々なものを届けてもらう。
物だけでなく思いもまた、届けられる。
望むものもあれば望まないものもあって、届けてもらうことが生まれてからずっとあるから当たり前になってしまって(教育の本質が届けるだと思うから)、その力に良くも悪くも鈍感になってゆく。
もちろん『受け取る』選択もある。
その選択は年々、自分でより多く選択することができるようになる。
意味も大きい。
ある時期から、僕は受け取る選択を強く持つ。
持つように決めた。
同時に知りたい強さも、知らなければならないという強迫観念にも似た強さも、受け取りを減らすことによって自覚する。
そんな中で『届く力』『受け取る喜び』を今日、一通の手紙で感じた。
あったのは届ける力。
そして届いた内容は、悲しいほど脆弱な一言であった。
僕は知っている。
今までのたくさんの物理が教えてくれる。
その一言は嘘になってしまうことを。
それでも僕は嬉しかった。
僕は受け取る。
つまり体に入れた。
心に入れた。
その力、その動を、生きる力にするか殺される動にするかは自分しだい。
今までの傾向としては、気持ち心持ちは落ちるんだろうけれど……瞑眩(鍼灸や漢方用語で、好転反応ともいわれる、体が驚いて一見すると悪い症状が出る反応)である、はず。
心持ちで、そういうことがあるかどうかは、さて置き。
とはいえ時には瞑眩じゃなく、副作用やむしろ本当に悪くなるってこともあるのだけれどね。
「心でも体でも、人によって合う、合わないがあることを忘れてはいけない。」
嬉しかった。
届ける力。
何も形にしない一言で。
とても動かされる一通で。
僕はまた、自分の弱さを一つ知る。
愛川武博

