移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

『生の国のたぬこ』~2023年9月15日(金):目先想創


カレーを作りたくなったので、久しぶりに白米でカレーを食べようと思った。

知人から譲ってもらった玄米を一年前から食していたけれど、そのままずっと玄米で食べていた。

初めての精米。

家から近い場所の精米機を検索して、自転車で初めての精米へと出かけた。

踏切の向こう。

小学校がある住宅街を抜け、国道へ抜け、信号を渡り、農園の横にある精米機で7分精米をした。

初めては楽しい。

しっかり説明文を読み(簡単である、でも)ドキドキしながら3㎏ほど。

浮かれながら自転車をこいでいると、ちょうど小学生の下校時間だった。

子どもたちが裏門からわらわらと出てくる。

皆、一様に、エネルギーに溢れている。

笑顔。

軽歩。

元気がない子も、エネルギーを携えている。

生の力が凄い。

元気が溢れる。

きっとその元気にエネルギーを取られたりもするのだろう。

小さい頃から姪と甥と過ごしてきたから解る。

それでも圧倒的なエネルギー体を目の当たりにして実感した。


「やはり線路をまたいで世界が違うのだ。ここは生のエネルギーに溢れた町、僕の住む町は死に近い町なのだ。」


線路を境に南北で分かれ、北側の僕の住むマンションにはご高齢の方が多く、介護サービスを利用する人がたくさんいる。

孫を連れて、遊びにやってくる家族も多い。

(敷地内にコインパークがあり、車を何台か来客用に停められるようになっている)

もちろん子どもがいる家族も住んでいるのだけれど、圧倒的に年配の方が多い。

北へいく程に増える。

そして僕の住む〈市〉の北は終わり、別な市へとなって、市の中心がある町は街であり、栄えている。

僕は市の最北に住んでいるのだ。

「線路の向こう側は、生の国。ここは死に近い国。」


僕は生の国へ行かなければならないと思った。

死に近い場所から生の国へ渡り、そうして生を感じて死にたい。

先ずは生の国の図書館へと行こう。

国の入口に建っている図書館は、まるで生の国へと入るために、生きていくために建てられた施設みたいだから。

自転車を走らせ、帰りながら思う。

この国へ渡ることの意味を、大事さを。

その時、町を歩いているネコと出逢った。

裏路地のS字カーブが続く道を曲がった瞬間。

目が合った。

彼女は(直感であり根拠はないので、あるいは彼かもしれないけれど)焦げ茶色と黒とささやかに黄土色が混じった、長めの毛皮を着ていた。

珍しい模様だと思った。

三毛猫という感じでもないけれど、いくつかの色が混じる。

何より毛が長めだ。

タヌキみたいな毛皮だなと思った。

僕は表情で「こんにちは」と言った。

彼女は「ん?」として、次のS字を曲がるまで僕をずっと見ていた。

振り返りながら目を合わせ「またね、タネコ」と心の中で呟いた。

たぬきネコ。

それを略して〈たねこ〉だ。

角を曲がり、人がめったに通らない裏線路沿い道を走りながら、思い直した。

「でも〈たぬこ〉の方が可愛いかもしれない。」

迷う。

つぎに会った時に、どっちがいいか聞いてみよう。

そうして僕は線路を渡り、自分の住む町へと帰った。


精米したての白米は、一年前の古米とは思えないほどに美味しかった。

もちもちふかふかつやつやで、命に溢れる味がした。



愛川武博



by moving_sheep | 2023-09-15 23:20 | 目先そうそう | Trackback