『右往左往王は今日も行く』~2023年8月22日(火):目先想創
決めたことをただ、行使する気持ち心持ちの“強さ”が欲しいな、と考える。
どうすればいいのか?
今までの気持ち心持ちを捨て新たに手に入れるか、今までを向き合い認めながらその気持ち心持ちに負けないように自分と戦い手にするか。
強さを手に入れるならば、まさに戦うことが必要なのだろう、とは、考えるけど。
捨てる強さだってある。
持ち続ける強さだってある。
無かったことにする、忘れる、距離を置く、一つ一つ対応する、引き受ける、無視する、瞬間だけ(TPOに合わせ)持ったり捨てたりする手のひらをかえす強さだってある。
弱さととるか、強さととるか。
だから“強さである”というスタンスで行けばいいとは思っている。
つまり「選択した」から発動し在り続ける在り方、それを強さと捉える訳なのだけれど。
己は弱い。
その「選択」をずっと行使できないから。
具体例。
無視をする。
出来ない。
よく一週間とか二週間とか、場合によってはひたすら無視を出来る人がいる。
決めたのかどうでもいいのかは分からないけれど、出来る。
僕にはなかなか出来ない。
やるには関わらない状況をつくることでしか出来ない。
でも関わらないならそれはもう無視ではない。
関わってないから、レスポンス、レスポンシビリティがそもそも発生しないから。
関って無視するにはかなりの労力がいる。
セットに「忘れない」や「覚えている」や「見える」「聴こえる」「聴いてしまう」「感じる」がある。
忘れられればいいけれど、むしろ後々「忘れていた」ことに、「見えなかったこと」「聴けなかったこと」「感じ」「考えなかった」ことにヘコんでしまう。
変える。
関わるのは基本的に年に一回だけだとか。
それなら出来る。
これは、捨てるに近い。
白黒は楽だから。
白黒にしたい僕は、やはり灰色やマーブルやカラフルを受け止め対応する強さが必要なのかもしれない。
ん?
何だか何を書きたいのかが解らなくなってきた。
うむう?
とりあえず、「選択を行使する強さが欲しい、そのために右往左往するしかないか、今はまだ」ということに今は着地しておこう。
そんな相変わらずの右往左往な一日でありました。
愛川武博

