『ぐーたらり』~2023年6月26日(月):目先想創
環境の差を実感する日。
暑い。
図書館は休館。
違う場所へと仕事場探しに行く?
やめとく。
腰も痛いし。
さて、この中で、やれることを。
そう思いながら、周りを見渡し思うのだ。
「今日の環境は、あまりよろしくない、よう、だ」
腰が痛いのは、土曜日にウエストポーチ的なベルトをして腰に荷物を持ってずっと歩いていたからだ、と思っているが、果たして?
とにかく腰が痛くて、動きが遅い。
遅い動きは、遅い心持ちを連れてくるようで、物理的にも心理的にも、動きが遅い。
遅いは色々鈍くなる。
鈍さは重さを連れてくる。
重さは更なる鈍さを連れてくる。
だんだん動かない己。
動かざるが山の如しになってゆく我。
健康第一。
いやむしろ体を鍛えなきゃ。
腰痛原因がウエストポーチ歩きだという確証はないけれど、さりとて病院に行くのもな~なんて思い、結局しばらく様子を見るつもりで、ぐーたらり。
ぐーぐーたらり、ぐーたらり、グーグーグーグーぐーたらり、武博いつものぐーたらり。
環境、資本(体)の大切さを改めて学ぶ。
そんな今日。
僕は考える。
「決めたことへの行使」ということについて。
強制力があれば出来るという典型的な〈大人になれない大人〉の自覚がある僕は、強制力を手にすることを考えたり、気持ち心持ちを強く持っている人(やる気がある人)と関りを持つようにしている。
しかしである。
強制力の最たるものってやっぱり〈仕事〉なんだと思うのだけれど、お金を貰うことと〈行使したいもの〉が一致しないのが実際だったりする。
日常だと特に。
趣味とかなら、いいのかな。
趣味、むしろお金使うし、やる気はあるし。
という訳で、趣味のような頑張りを出来る人。
そう〈気・心持ちを持っている人〉である。
しかしほとんどの人がその気・心持ちを自分自身で嘘にする。
つまり言っている事と行動が伴わない。
言葉と行動が違うことに気づかないので、むしろこちらの反動が大きい。
そうじゃない人もいるのだろうけど、少なくともそういう人との関りが多い。
結果、自分自身が、そうなってしまう訳で。
(そもそも出来ないから他力な訳で……ええ、ええ、ツッコみはもっともですぅ…はいー)
ならばやはり自分自身で大群になるつもりじゃないとね。
そこに戻る。
いや、大軍かな。
指揮を執り、鼓舞し、参謀し、交渉し、製造し、配給し、最前に立つ。
事。
行使。
ちゃんとまた考えないと。
んで。
行使するイメージをまとめてみる。
先ずは決めたことは有無を言わずやる。
そのあと有無。
他のことは考えないでそのことだけをやる。
そのあと他を考える。
それから……。
うむう……。
よく解らない。
誰かが小学生に言っていた。
「やりたくないことをやれるように成るのは大事で、そして大人になってからやりたくないことをやれるように成るのは大変だから、大変じゃないうちにやっておく方がいい。だから日常で役に立たないように感じることも、今のうちにやっておいた方がいいよ。でも何よりやりたいことをやるのはとても大事だから、やりたいことを思いっきりやった方がいいよ」と。
ああ、小学生の頃にやってこなかったツケが。
やりたいこと、しか、やってこなかったツケが。
とほほ。
大人になってからは、大変です。
まさに。
ああ。
ろくでもない人間の足掻く物語(歌)に力を貰える、僕はろくでもない人間です。
畳にごろごろしながら、そんなことを頭で呟く。
そう畳でごろごろしながら。
しかしこうも思う。
やりたいことをやってきた僕は、意外とどんな仕事でも楽しみ方をみつけて、少なくとも必ず最後には楽しむことが出来るのよね~。
と。
やりたいことしかやってこなかったゆえに、何をやってもそれなりに楽しむことが出来るようになったから、やりたいことしかやらなくても、本当に「やる楽しみ」さえ手に入れれば、やれる、むしろ楽しんでやれる。
畳でぐーたらりとしながら、そんなことを頭で語る。
そう畳でぐーぐーたらりとしながら。
なるほど。
そうか。
楽しんでみる、だ。
行使に必要なのは、とりあえず「楽しんでみる」なのかもしれない。
やってみる。
行使することを楽しんでみる。
着地点。
今日の。
明日はまた、明日の思考を楽しもう。
その前に、決めたことを行使することを楽しもう。
僕は今日も、生きてます。
愛川武博

