物語 「台風ねこ」 作:たけけ
台風がいよいよ町に上陸するというその直前に、猫は突然に僕の家へとやってきた。
カリカリと音をかなでるドア。あれ?と思って玄関のドアを見た。
“お父さんたちが買い物から帰ってきたのかな?いやいや、それならカリカリなんてやらないでドアを開けるよね?そうか!風で何かが飛んで当たる音だ!いよいよだ!”
僕はやってくる台風にワクワクした。
カカリ カカカカ カカリカリ
カカトン カカトン カカカカトン
“ん?”
でも、なんだかきそく正しい。
そのカカカカリは、まるで知らない国の言葉で語りかけるかのように聞こえてくる。
“ひょっとしてこれは、いるな…うん、ぜったいにいるよ。”
強く自分の中で形になってゆく思いに動かされて、僕はカギを開けチェーンはそのままにして、ゆっくりとドアを開けた。
瞬間、かなり小さなすきまをぬって、小柄な真っ黒な猫が部屋の中へと入ってきた。
やっぱり猫だった。
水びたしの黒猫は、リビングの真ん中で一気に身体をふるわせ水しぶきをまきちらしたと思ったら、カーペットの上でゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
ひとしきり転がり終わると、後ろ足をだらりと伸ばし、ペロペロと身体をなめはじめた。
まるでずっと昔からこの家にすんでいたかのように。
“いいさ。そりゃ外は台風だもの、ちょっとこの家で休みたい気持ちもワカルさ。
でも、でもさ、それでもレイギってものがあるでしょう?”
僕の目はきっと細くなっていたに違いない。
細くお面のようになっていたであろう僕は、このふてぶてしい訪問者を見つめて心の中でさけんだ。
“お前に名前をつけてやる!名前はブレイだ!”
お父さんが教えてくれた言葉。
なんでも「ありがとう」を言わないだけじゃなく、「ありがとう」と心の中で思ってすらいないという意味なのだ!
つまりそう、こいつには〈家に入れてくれてありがとう〉が全然ないのだ。
このブレイ者め!
ブレイはそんな僕の気持ちも知らず、当たり前に気持ちよさそうにノンビリと毛づくろいをしている。
ふと何かに気づいたと思ったら、部屋の天井の隅をじっと見たりして。
“何かいるのかな?”
僕も見るけど何も居ない。
今度はそんな僕をチラっと見て鼻をフンとならすと、口を大きく開けてアクビをしている。
“信じられない!ブレイにもほどがある!これは一言言ってやらないと。”
僕も鼻から息を出して一歩近づいた、その時だ。
ブレイはまっすぐに僕を見つめた。
ずっと見ている。
負けちゃダメだ!ここは目をそらした方が負ける。
僕は四つんばいになりカッと目を開いて、そのまま目をそらさずに見つめる。
ブレイもまるで目をそらさない。
“なんてこった!こうなったら持久戦だ!”
フンっと鼻息を出したら、ブレイはくしゃみを三回した。
“勝った!”
ガッツポーズをして立ち上がりブレイを見ると、鼻水を出している。
それを長い小さな舌でなめると、さらに大きなアクビをして口をムニャムニャとさせて(るように僕には見えた)、そうして目を閉じて眠ってしまった。
眠るとすぐに寝返りをうち、あおむけになり、両手両足を大の字にしてぐぅぐぅと眠る。
さすがの僕も一言、言ってやった。
「ブレイくん。いやブレイちゃんかな?いくらなんでもそりゃヒドイんじゃない?」
だけどウンともスンとも言わない。
まあもっとも「ウン」は良いけれど、「スン」とか言われたら、なんかまたバカにされた気分になるんだけれどさ。
僕はブレイの近くに行って座り、ていねいにゆっくりと言った。
「台風が来て大変なのはワカルけど、どうだろう、〈ありがとう〉の一つでも言ってくれたら、僕は気持ちよく君を引き受けられるんだけれど、どうだろう?ワカってる。話せないことはワカってる。でもせめてもうちょっと申し訳なさそうにはできないかな?」
ブレイは何も答えず眠っている。
でも僕は確信している。
きっとタヌキ寝入りに違いない。
猫のクセにタヌキ寝入りとはどういうことだ。
僕はもう一度ゆっくりと、今度はもっと大きな声で伝えた。
「どうだろう、猫くん?!いや猫ちゃん?〈ありがとう〉を一つ、どうだろう?!」
するとブレイはしょうがないな~と言わんばかりに首を左右にふり、ゴロンとしてうつぶせになった。
そして首だけを僕に向けると、メンドくさそうにこう言った。
「ありがにゃう」
もちろん僕が驚いたのは言うまでもない。
「猫がしゃべった?!しゃべる、猫ニャの??」
いけない、僕までネコみたいになってしまった。
ブレイはさらにアクビをしながら言った。
「こんな台風の日には、猫だってしゃべるもんなんだぜ?」
だぜ?!
まさかのしゃべる猫。
それも男の子だ。
それにしては声が高くてかわいい。
そのあたりは猫なんだな。
「猫は台風の日にはしゃべるのかい?」
「当たり前にゃり」
「そんなバカな。でも、うん、じっさいしゃべってるし。ちなみに、どこから来たの?」
「南。」
「どうやって?」
「台風にのって、南の方から飛んできたのさ。」
「まさかの?」
「本当だぜ。」
「どうやって?」
「風にのるのさ。」
「見せて。」
「…今度な。」
コレ、ぜったいウソだな…。その心の声が聞こえたように、ブレイはあわてて言った。
「ウソじゃないぜ!」
目を細める僕。
「いやだからウソじゃないって。それに女の子の言うことは、男子はすべて引き受け信じるもんなんだぜ。」
まさかの女の子だったー!!
僕は妹のことを思い出した。
お母さんの言葉を思い出した。
「タケちゃん、ハルちゃんを守ってあげてね。」
僕はブレイの言葉にうなずき言った。
「分かった引き受け信じるよ。」
「よし。」
ブレイはそう言い終わるやいなや、もう一度クシャミをして鼻水をたらし、素早く鼻水をなめると続けて不敵に言った。
「ミルクにゃい?」
僕はついつい言ってしまった。
「あるよ。」
キラリと光らせる瞳。
「ぜひ。」
僕はため息を一つついて、このふてぶてしい猫、ブレイに言った。
「台風が去るまでだよ?それに今お父さんたちが妹をつれて色々買い物に行ってる。台風で困ったことにならないようにさ。だからみんなが帰ってきたら、すぐに追い出されちゃうかもだからね?」
ブレイはあごを上げてなぜか得意気に言った。
「分かってるって。」
「あ、そうだ、ミルク温めようか?」
さらにキラリキラリと光る瞳。
「頼む。」
そう言うとまたあおむけになって両手両足を広げた。
僕は“やれやれ”と心の中でつぶやきながら、冷蔵庫から牛乳を取り出して白く丸い小皿に入れると、電子レンジで温めた。
それからその黒猫は台風が去ってもずっと家にいる。
買い物から帰ってきたお父さんたちは猫におどろいた。
「どうしたんだ、その猫。」
「実はさ、お父さん…。」
その先を言いかけた時、ブレイは目をギラン!とさせると、お父さんのひざの上に乗り、甘い声で鳴いてゴロゴロしていた。
するとお父さんは言ったんだ。
「よし、タケヒロ!この猫を飼ってもいいぞ。うちは幸い猫を飼っていいマンションだ!」
え~?!
僕が連れてきたわけじゃないのに~。
ブレイなやつなのに~。
ブレイの目がキラキラリンと光ったのは言うまでもない。
それから台風がやってくる日には、必ず僕に話しかけた。
「おい、ミルクを飲みながら台風を楽しもうじゃにゃいかい。」
そうそう、彼女の名前はブレイになった。
最初は嫌がってたけど、ブレない強い猫という意味でブレイでもあるんだよ?と言ったら、鼻を鳴らして得意気な顔をして受け入れてくれた。
あいかわらずクシャミをするたびに鼻水を垂らすけれど。
ちなみに、ブレイが話せることは、みんなにはナイショだ。
fin

