『擬心語』~2023年5月31日(木):目先想創
国立美術館へルーヴル展を観に行く。
そのあと『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』を観る。
ルーヴルのハシゴ。
ダブル―ヴル。
ふと思った。
「そういえば擬心語ってないな」って。
擬態語・擬音語・擬声語というのがある
基本的には、擬音語と擬態語を総称してオノマトペ。
二つを合わせて擬声語。
大枠が擬声語で、つまりいわゆるオノマトペなんだけど。
例えば幾つかあげると。
〈擬態語〉
てきぱき(素早く手早く動くさま)
ふわふわ(感触が柔らかいや、何かが宙に浮いているさま)
〈擬音語〉
ゴロゴロ(雷の鳴る音)
ザーザー(大雨が降る音)
〈擬声語〉
ワンワン(犬の鳴き声)
にゃーにゃー(猫の鳴き声)
一応三つに分けてみたけど、考えた時にそういえば心のオノマトペってないなって思ったの。
絵画を観ながら。
ちなみに擬態語の中には区分として三つほど細分化される、こともあるらしい。
「ぶるぶる」のような外面的な様子を表す〈擬容語〉
「ぎくり」のような内面的な感情を表す〈擬情語〉
そして面白いのが擬態語と一般語彙の中間的な言葉。
「たっぷり」「ちょうど」とか。
いらいらは擬態語で、ドキドキは擬音語で、気持ちのオノマトペだから擬情語になるのかなと思う。
でも気持ちじゃなくて心持ちの方のオノマトペってないなって思ったの。
複雑すぎるからかな、と思うけど、でもあるんじゃないかな?
あ。
「エモい」とか近いかも。
ちなみに「シーン」って言葉、手塚治虫先生が考えたらしい。
無音を音にする。
すごい発明だと思った。
さて。
僕は絵画を観ながら、心持ちが声を出している(擬声語~オノマトペ)そんな感じをすごく受けたの。
気持ち(擬情語)ももちろん出るのだけれど、奇妙な心持ちの響き。
心が動く。
響く。
「愛の発見」というコピーを見てね。
僕は思う。
愛の発見というより「愛という概念の発見」、もしくは自明化なんじゃないかなって。
そして何より発展途上。
愛はまだ途中。
もっと先へと人間が、行くべき、愛は途上。
そう思い。
いつか擬心語も生まれてくるほどに、〈心〉というモノも、もっと先へと行ってもっと深く解明されるのかもしれない。
そしていつか擬声になる、のかもしれない。
そんなことをつらつらと思うのでありました。
今日の武博が何十回も発した言葉。
「ホント美味しい、めちゃくちゃ美味しい」
愛川武博

