『人は己の脳内の神と成るべきなのだ』~2023年5月21日(日):目先想創
今日、気がついたのである。
「我は褒められたい!」
気持ち心持ちが上がらずに、わたくし、歩いて歩いて散歩して、くら寿司に辿り着いて美味しく戴き、また歩いて歩いて歩いて帰ったその時に「あ、そうか、解った!自分はきっと褒められ足りないんだな、そうなんだな、だからなんだな!」と、思い至った次第でありまする。
今まで意外と褒められる環境の中にそれなりに居たのかもしれない、と、思いまして。
評価でも。
好きでも。
楽しいでも。
面白いでも。
オーラでも。
不自由してなかったなって。
おいっ。
ええ。
ええ、ええ、ええ、鼻につくですね、ええ、ええ、あくまで自己満足の自己肯定感という自己が量る自己数量ですので、この自己満足男と言われても、甘んじて受け入れましょう。
自己甘受ですっ。
(意味が違うけど)
ええ、ええ。
さて。
とりあえず、不自由しなかったのであろうと推測されるけれど、ほら、今、僕、独りに一人で、引きこもりだから、人に関わらないので。
孤独な一人旅なんでね。
そりゃ確かに不愉快やストレスも減るけれど、ああ、そうか〈褒め〉も減るのだなと、実感したという訳でございます。
という訳で褒められたい。
最後に褒められたのは、まだ完成していないTwin-Tigerの最初の部分を、読んで貰いたい旧仲間的知人(ややこしい)に読んで貰った時、以来だってことに気がついた!
意外と意外な反応に嬉しかったのを思い出す。
予想外でした。
褒められる。
ということ。
ふぬ~。
褒められたい。
週刊ジャンプに連載している〈僕とロボコ〉のロボコみたいに、褒められチヤホヤされたいを要求する、したい、状態になっていることに気がついたのです。
( ゚Д゚)
Σ(・ω・ノ)ノ!
(; ・`д・´)
凄い発見。
新しい感覚。
素晴らしい。
でも褒められるって〈具体〉〈形〉がないといけないのさ。
無いと褒められない。
有るから褒められる。
在ると褒められる。
具体的に自分で言うと〈作品〉なのだろうか。
あと、必要なのは?
仲間?
仲間的ファン?
共有する仲間?
そして何より自分、自分を褒める自分、褒められる自分?
うーん、解らない。
なにせ初めてなので。
とりあえず、歩いて、歩いて、歩いてふと、「褒められたいんじゃないの!?」と思い至ったので、全然違うかもしれないけれど、褒められるために頑張るのも悪くないなと思いながらの帰宅でありました。
今日の武博の叫び。
「誰か僕を褒め殺してくれ~」
愛川武博

