『僕はゾンビにはならないぞ』~2023年5月20日((土):目先想創
連鎖というものを止めるのは自分しかいない。
そう思う事。
大事なこと。
何故ならば〈連鎖〉という概念を持っているから、気づけるから。
ちなみに連鎖の対義語に〈連動〉という言葉を置いている。
連鎖が負(腐の方が近い)なら、連動は正(腐ゆえにむしろ「生かす)の生だと思ってはいる)と、僕はカテゴライズしている。
腐生。
生腐。
腐ることなく生かしたい。
負けることなく生かす方を選択したい。
でも腐することがある。
負けることがある。
たった一つの、まるで関係ない、ほとんど関わらない人の負、不、腐に影響されて、大事な人に連鎖させてしまうことがある。
気づいてないだけで、受けた負(不腑)を近しい人に甘えという名の八つ当たりをするのを何度も見てきた。
自分もまた、あるのだ。
厳密には、同じこと、似たようなことをされて、赦せるゲージが、向き合うゲージが減っている状態なんだけど。
でもさ、結局、引っ張り出された気持ち心持ちに負けて(腐して)発動させたらもう、ひたすら連鎖するじゃない。
誰かにバトンし、誰かがバトンし。
憎しみが憎しみを生むみたいに。
殺しが殺しを生むみたいに。
いじめられっ子がいじめっ子になるみたいに。
止めるなら、気づいた人がやればいい。
気づけたときに頑張れたらいい。
理想という難しい幻想、現象なのかもしれないけれど。
不愉快を世界に回すより、楽しいや素敵や感謝を回す方がいい。
そう思って、そうじゃない人と決別してきたけれど、世界には至るところに溢れているから、日々、闘いなのだと思った今日である。
出来る出来ないじゃなくてさ、やるやらないで、「やる」を選択したいよね。
そんなことを思いながら、二か月分の日用品買い出しから帰ってきたのでありました。
今日の武博の心から思った大事。
「発芽玄米を作る時には、本当にこまめに水を変えないと、腐水してお米に匂いが付いて不味くなるから、こまめに水を変えて腐水しないようにしよう!!!!」
愛川武博

