『あの日々の動』~2023年5月15日(月):目先想創
色々なジャンルの小説を読んできた、と思っていたけれど、最近の僕は「大衆小説なるものを、実はあまり読んだことなかったのだな」と実感した。
ジャンル分けするのもどうかと思いつつ。
最近は曖昧だとも思いつつ。
純文学。
大衆小説。
と分けられ。
SF、ミステリ、恋愛、ファンタジー、政治、歴史、児童、官能、ラノベと分けられるのかな。
大衆小説をエンタメとして、エンターテイメントは幅広く、確かに読んだことはある。
むしろ読んだことの方が多いと言える。
細分化されたジャンルって、どれも大衆小説のように思えるし。
それでも、あまり読んでこなかったのだなと感じたのは、純粋なるエンターテイメントとして書かれたものを、どこか苦手としていた意識があったから。
小説に貴賤はない。
そう思えたのは「小説とはこうあらねばならない」がずっと自分の中に存在していたから。
しかし小説は、文字は、言葉は、物語はもっと自由だった。
気が付いた。
だからこそ難しくもあるけれど、実感したの「どんな形でも素晴らしい」と。
それは書き手として。
僕は読み手としても、前より腑に落ちたのだと思う。
だから大衆小説を大衆小説として認識した自覚の発生が、読んでなかったという判断になり、何よりこれから、たくさん読んでいきたいなと思ったのです。
必要だと。
必要だったと。
動かされる、楽しい、面白い、そんなシンプルなことが、自分に大きなヒントを与えてくれると感じている。
初動を思い出す。
初めて小説をむさぼり読んでいた時期(それこそまさにエンタメ)の、小説の数々に動かされた日々を。
今読んでいる本が面白くて、そんなことを思う。
今日の武博の一言。
「口にした言葉を、僕らはどんどん忘れてゆくんだね」
愛川武博

