『左様であるならば』~2023年4月22日(土):目先想創
自分の在り方生き方を変えた時期は、僕が一番死を身近に感じていた時期だった。
劇団を解散する。
なるほど、解る。
苦しみも大変さも。
でもそのぎりぎり集団の死の際こそ、僕は大きく変わり得る時期なんだと思う。
それさえ気づけば与えられることも得ることも大きい、場合が、多いと思う。
傾向。
エビデンス(根拠、そのデータ)みたいなモノは提示できないけれど、幾つも見て経験してきた則の範疇では、傾向がある、と言える。
やらなかったあの公演、あの上演はゼロで、踏ん張って形にしたものは圧倒的な財産になっている。
幾つかのゼロに僕は損なう恐れがあったのだろうなと思うし、実際、失った。
だから二度目の時から僕はかなり意識するようになった。
三度目はないように。
形を変えてもいい、ゼロはずっとゼロでイチにはならない。
一つの解散という比較的大きな状況、案件だと、また判断は難しいし、終わることには意味がある。
とは思っている。
実際、僕らは強い意志を持って終わらせることの方が多いのかもしれない。
と同時にやはりゼロなスタンスなのだな、とも思ってしまう。
リセット。
習慣。
在り方。
個人的な情報と照らし合わせて。
結局、巧妙にゼロを繰り返してきたのかな、と。
我が事も含めて考えた。
基本的にはどの判断でも「肯し」なんだけど。
ふと、思ったのでノート。
愛川武博

