『あんど』~2023年4月20日(木):目先想創
やっぱルクスだよね。
ルーメンだよね。
カンデラだよ。
でもよく違いが分からないのよね。
何か理系言語と日常思考が一致しないのよね、ずっと。
ラテン語で「光」を意味するルクス。
対象に当たる明るさの数値。
〈照度〉
ラテン語で「昼光」を意味するルーメン。
発せられた光の数値。
〈光束〉
ラテン語で「獣脂蝋燭」を意味するカンデラ。
キャンドルと同じ語源な光の数値。
〈光度〉
光は大事。
ホント大事。
でも最近、なんだかルクスもルーメンもカンデラも少ない方が良い気がしていて。
あれかしら?
たまに出会う、部屋を赤い照明や、間接照明で過ごす人たちみたいな感覚になっているのかしら?
光合成しなきゃならない成分があるから(実際には太陽成分だから、植物のように「光」だけじゃ人間は駄目なのだろうけど)、光は必要だと思いつつ、最近、真っ暗に惹かれる自分が居るのです。
暗度という言葉はなくて、暗さは光でしか語れない訳でしょう?
山梨の洞窟に入った時に、意識して体験する、完全なる暗闇を経験した訳なんだけど。
最近では高知に行った(龍河洞に入った)時とか。
でも遥か昔、新月の夜(まさに今夜)、空が厚い雲で覆われた時、完全な暗闇が世界を覆うことがあったのでしょう?
洞窟という限られた世界ではなく、もっと大きな広い世界の、完全なる暗闇。
だけど実際は、完全な暗闇に居ると、世界の広さなんて分からないし関係ないのかなと思ったりする。
僕は今、そういう場所を必要としているのかもしれない。
そう、ふと考える。
少なくともそういう場所で、ある一定の時間を過ごすことが必要なのかもしれない。
夜が、もうすぐやってくる。
月は出ない。
晴れていて、いつものように電気がニューロンのように地上を行きかう今夜は、星も町街の明かりも消えないから、きっと真っ暗にはならないけれど、なんだかいつもよりは暗いのだと思うと、奇妙な安堵を覚えたりする。
そうだ。
そう。
暗闇で音は、その意味を変えるような感覚があるの。
無音、と、無光。
関係が、変わる、感覚。
今度、長い時間、完全なる暗闇に居ることが出来たら、他の四覚について深くアプローチしてみよう。
そうしよう。
もうすぐ日が暮れる。
新月、と、僕。
愛川武博

