『いつかまた似たような季節がやってくるかもしれないけれど、それは似た違う季節、いつも世界は一回だ』~2023年2月15日(水):目先想創
同じ寒さでも、寒さの質が違うと感じることがある。
もちろん暑さでも。
「真冬並みの気温です」
「真夏並みの気温です」
確かに寒くて暑いけれど、同じじゃないと感じた時に、ああ、春が来たのだな、秋が来たのだなと、とても思う。
もっとも全てがそういう〈気温〉に変わる訳じゃないけど。
やはりめちゃくちゃ寒くてかなり暑いことになるし、数字は正直だから。
三寒四温だから。
でも不思議。
何が変わるのだろう?
同じ『1度』でも大きな変化に感じる。
2月に入って、そしてごく最近、僕は春を感じている。
土の下で植物の芽が感じるように、微細な変化を掴む。
また寒くなるのだろう。
変化は些細で、すぐに圧倒的な数字と寒波に引き戻される。
それでも春の空気が増えている。
人の(あるいは動物の)変化に対しても同じように感じることがあって、同じでも同じじゃない。
ふと、昔からこの〈変化〉を何度も何十回も感じ、知り、予測し、そのようになってきた経験を思い出した。
自分にとって、お互いにとって良い面、悪い面とあるけれど、意外と相手はそのことに気が付いていない。
ことが多い。
時にずっと同じだと思っていたり、する。
僕は誰かのソレと、自分のソレに(とは言っても他者ほど自分については全部ではないけれど)、それなりに気づく方だと思っている。
だからたまに聞くことがあった「あなたが気づいてないから私から別れを切り出してあげる」という気持ちがよく解る。
逆もある。
解っていても気づかないふりをする。
時に相手が選択をするように、少しずつ形にしてゆくこともある。
どちらにしても、いつもある種の寂しさと悲しさを伴う。
その気持ちが大きくならないことを願いながら、多かれ少なかれ、ある。
季節が変わる。
変化はいつもゆっくりやってくる。
ある瞬間にハッキリと見えるから〈突然〉なだけで、僕らはいつもゆっくりと向かう。
もうすぐ季節が変わる。
愛川武博

