『思いはいつか誰かの物語になる』~2023年2月6日(月):目先想創
レスポンスがないことについて少し考えた。
無意識か意識か、〈しない〉それはきっと〈必要ない〉があるのだと思っていて。
1日2日でなく3日で1分を創らないのなら、きっとそうなのだ。
まあ、だいたいそのような人は、何もなかったかのように連絡が来るものだけれど、愛情は無視をしないことだとしたら(愛するは与え、愛は肯定として)、少なくともきっと情がない。
愛はいい、まだ不確かな発展途上の文化文明なのだから。
これから育てればいい。
でも情は、そうじゃない。
情はもっと日常(日情)だから。
その人の日常に僕は居ない。
構わない。
けれどそういう人は自分が相手の日常から(この場合、僕の日常から)、自分が消えることはイヤだったりするみたい、だと、感じる。
思える、ことがある。
そうだよね。
自分は忘れても、自分を忘れてもらうことはイヤだもの。
レスポンスはレスポンシビリティ。
責任。
でも責任なんて元来、ないんだと思う。
誰かが決めた、交換条件なんだから。
だから無視をしよう。
つまり愛情を捨てよう。
愛を持って愛し、愛情を捨てるんだ。
夢の中の僕はそのように語っていた。
夢の中でその無視をする彼女がふと気が付いて、ある女優さんに尋ねる。
「ひょっとしてもう一人、居る?」
昔馴染みの、芸能活動をしている女優さん(久しぶりに夢に出てきた彼女)が、二人目の子どもを授かったという夢は、きっと正夢なのだろうと思った。
女優さん、か。
あるいはその愛情はもうない彼女、か。
奇妙な実感がある。
さて。
夢の中で語った思いは、どこに行くだろうか?
思いは世界を漂って、いつか誰かの物語になる。
そう、思いたい。
幻想だとしても。
愛川武博

