『THE FAST SLUMDUNK観戦』~2022年12月21日(水):目先想創
観戦がまさに正しくて。
ポップにも試合開始と描いてる。
映画スラムダンク。
最初の、誰かも理解していない少年たちのストリートバスケットコートのワンシーンで、涙が出るのは〈愛〉を感じるからだと思った。
凄いなって思う。
魂の振動であったり、気持ち心持ち、あるいは身体の持つ振動は、すべての人に届くわけではないけれど、そこに先ずは「在る」ことが大事で、「在る」って素晴らしい始まりだと実感する。
「在る」を描いたり書いたり佇みとして持ったりすることを、絶えず考えながら創ることを足掻いている者にしたら、こういうのを観ると動かされる。
〈何も起こらない物語〉を書いてしまう(とよく言う)自分としては、こういうのは真骨頂だなって。
(実際は色々書いてもいるし、極端に書く場合もあるのだけれど)
たくさんの〈動〉を描くこと、を、エンタテイメントだと思っている。
〈動〉とは人を動かすモノ。
(役者で言えば時に始まりとして自分を動かすモノ。何より始まりとして自分が動かなければならないモノ)
笑い。泣き。怒り。悲しみ、は心の動で。体の動ではダンスだったり歌だったり闘いや戦い(殺陣)だったり。内と外。外に心と体の連動や、関係があったり、その様々。
これ言うとあまり伝わらないけれど。
でもそもそもエンタテイメントという言葉は近年の造語で、範疇も解釈も幾つかあるので、ちょっと視点や具体を加え、動のバリエーションをとり揃えることがエンタテイメントだと、思っていて。
数多の動のバリエーションを一つ一つ〈本〉で描くこと。
本当や本物や本来や本音や。
(ゆえに嘘や偽物や変化や表層を描いたりするのだけど)
だから。
とてもエンタテイメントで。
泣いて笑って笑いながら泣いてわくわくして不安になって怒りも悲しみもあって。
とても素敵な素晴らしい作品でした。
愛川武博

