移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

『創体』~2022年11月14日(月):目先想創


僕は今、重い。

重さの中にいる。

創るその大変さの重みを、この両腕に抱えている。

とほほ。



最近、前よりもあらゆる人の身体のフォルム・ラインに視線と意識が向かう。

その理由は二つあると思っている。


街を歩くときに、人の顔を見る癖がもともとあったけれど、少しずつ顔を見ることも減り(知らない方がいい事が世の中にはあるが実感としてはたらき)、連動するように前より全然、人の顔を見て話すことも減った。

見ないとだって、得る情報も少ないからね。

顔ってすごい情報のカタマリだから。

見るが減ったことを知りつつも、そのまま見ない選択をしたりする。

創るには結局、長い目でみると、見ないのは(さらに言えば聴かないのは、聴けないのは)マイナスなのに。


過去の話。

僕は昔から人の目を見て話す癖があって、よくそれを意識化させられた。

「君は真っ直ぐ目を見て話すよね」

投げかけられるこの言葉は、魔法(ポジティブ)であり同時に呪文(ネガティブ)でもあった。


誰かに、その人が持っている癖を教えて意識させると、その人はその癖をそのまま止めてしまう、消えてしまうことが多々ある。

自分もまた、真っ直ぐ向き合うことの大事さを思いつつ、同時に己の中から消えるベクトルを感じ、それが増えていくのに気づきながら、人の目を(まだ)真っ直ぐに見ていた。


しかし。

見ながらも、反発の力(と呼んでいいか解らないけれど、少なくとも存在する消滅力)は大きくなっていく。

目を見ず顔を見ず向き合わず。


どうして?

うん、それは向き合った数ゆえの絶望なのかもしれないし、自分の“真っ直ぐ”が、相手の何かを消したり減らしたり殺したりする、コトがあると実感しているゆえの遠慮なのかもしれない。


ある種の力を持っているのは経験上、自覚している。

だからこそ働く己に対する力。

強い力で殴ったら、自分の拳も痛いのに、似てる。


そんな流れの中で、前より顔を見るが減った代わりに〈服装や身体を見る〉が強くなっているのは必然じゃないかなと思っている。

これが理由一つ目。

とはいえ最近ミルハラなんてハラスメント言葉(思考)もあるから、なるべく気を付けながらですけどね……。

そう、気をつけながらそっと見るの。

遠くから顔を見て、近づいたら服を見て(ちなみに最近は男子の服装も前より幅広くなっていて楽しい)、身体を見て、遠くに去るフォルムを見る。


美しいさとおぞましさと、そしてそのどちらにも属さない幾つかの形容詞を心に思う。

心で言葉にする。


「あやなしい」

(古語形容詞~あやなし〈道理に合わない・つまらない〉にイを付けた)

と、強く思ったり。


「ゆかしい」

(~ゆかし〈見たい・聞きたい・知りたい・心がひかれる〉にイを付ける)

と、フォルム・アクション・ファッションを盗もうと観察したり。


「あぢきなしい」

(あぢきなし~思うようにならない・つまらない・苦々しい・はかない)

と自分自身の体に感じたり。


「いはけなしい」や「いまめかしい」や「おほけなしい」やら「おぼつかなしい」。

はたまた「おぼつかなしい」や「おもしろしい」も、色々あるけど一番は?

ええ、ええ、ええ、そうなんです。

~並大抵でない・特別だ・高貴だ~に出逢うとテンション上がって云うてしまふのです。

「やむごとなしい!」

ええ、続けざまにさらにさらに重ね云いまする。

「その、やむごとなしさ、たるや!」




なんかハナシがそれた上に変な方に膨らんだので戻しますが、顔は創ることが出来ると僕はやはり思うところがございまして、身体なんてまさにで。

さもありなん。

むべなるかな!

という訳で、理由の二つ目。

己の身体創りを何とかしようと、あらゆる人の身体を学びとして見る癖が増えた、という事。

じゃないかな、と。


もうね、身体を創り変えたいの。

がっかりしちゃうよね、鏡見ると。


男子のたくましさも魅力ですが、女子のフォルムは素晴らしい。

知人の女性がだいぶ前に「一番美しい体は女性の体」と言っていましたが、その時に解るな~と思いました。

こんなスタイル良く生まれたら楽しいだろうな~と(頑張って自分で創ったとこもあるのでしょうが先ずは)そう思っちゃう。

羨ましいなと思う。

(成りたいと思ってもなれませんが男子なので……)

カッコイイなと思うのは男女関係なくある。


ホント『どんな服より自分を着飾るのは己の体』という人の気持ちが良く解る。


「ならば創るのだ、出来うる限りの理想的な身体を!」

そう決意して、ちょっと今朝、うりゃーっと腕立て伏せしたの。

勢いで。

うん、そしたらね、腕が重いの。

かなり重いの。

体創るぞ~なんて張り切ったはいいけれど、もう、勢いじゃなく計画的にさ、やんなきゃさ、うん、なんかへこたれてます。


僕は今、重い。

重さの中にいる。

創るその大変さの重みを、この両腕に抱えている。


というハナシでした。



いつか創るが身になって、軽やかになれますように。

誰だって君だって僕だって。

愛川です。



愛川武博



by moving_sheep | 2022-11-14 18:08 | 目先そうそう | Trackback