移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

日常に戻る (釜田 可純)

とは言え、やらなきゃならないことは結構あるのでまだまだ日常とは言えないような気がするが、でもきっとこれが日常なのだろう。日々物づくり。日々何かを作り続ける。終わらない。いえ、日々何かが終わってる。だからこそ始まってる。

そんなこんなを思っていたら、初めてやった釜田可純との稽古を思い出しました。
それは、女性三人のシチュエーションコメディーの演出を頼まれた時のことでありました。



「移動する羊」独特な稽古法『ミッシングウォーク』はかなり身体を動かしますが、実はこういう芝居に向いているのです。何故かと言うと、身体以上に心を使うからです。いえ、正確に言うと心が重要なんです(だからこそフォルムも大切なんですが)
というわけで『ミッシングウォーク』は、シチュエーションコメディーやいわゆる静かな劇にこそ本領を発揮します。その時もやりました。この稽古、やってる役者の良さも欠点もよく分かります。
そして始める前に彼女が言いました。

「私にとって役者はやり続けるとか、やめるとかそういうものじゃないんです。共にずっとあるものなんです」と。

僕はその言葉を聞いて、ならば本気で向き合ってもいいんだなと思いました。自分は演出家として、きっと理想が高いです(よく言われるからそうなんでしょう)そのため辿り着くために、怒鳴ることはしませんが、たまに結構きつい事を言います。でもそれは、舞台に立った時の役者の素敵な演技が見たいから、お客さんの魂にどんな形でもいいから届けたいから。
その公演の何日か前です。僕は彼女を泣かしてしまいました。ボロボロと、しかしそれは涙を武器にした女性の涙ではなく、言葉を引き受けた女優の涙でした。
零れ落ちる涙。
その時僕は釜田可純とは、「芝居を一緒に作ることはもうないかもしれない」と、覚悟しました。
ま、そのあとの『クジラの森年代記』で一緒にやるのですが・・・。いえ、褒めて育てるをやってますよ~。・・・ね?

明日には何処に行くか分からないことを前提に、僕等は生きてます。そして移動する羊も、何処に行くか分からないことを前提にしてます。それこそ、何処にも行けないかもしれない。だからこそ、先を見据えて頑張れるのです。今この瞬間の「思い」を頼りに。
「明日、釜田可純が居なくなってしまうかもしれない」
あの時から僕は覚悟しています。それでも、あの美しい涙を流せる女優、釜田可純を僕は素敵だと思うのです。

公演お疲れ様でした、カスミン。
by moving_sheep | 2005-03-03 00:04 | ゾク | Trackback