移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

2011年羊稽古場 百日目/

認めながら認められない、彼。
自分の理解出来るカテゴリーで人をくくりたい、彼。
頭が良いと思い、柔軟だと思い、でも欠点をさらして、そんな自分を自分自身は理解している、正しいと思いながらも、ジツがシンタイにおちていないから、実は自分が、自分で否定している人となんら変わらないってことに気づかない、彼。
そもそも、一般的な言葉でひとくくりにする人は、気づかない。
彼。
僕はそんな人になりたくないから、言葉を使う。
どんなに届かないとわかっていても。
絶えず僕自身がソコにオチイルかもしれない恐怖を感じながら。
愛川です。




11月14日はまたまた少人数な稽古をする。

んでふと思う。

やっぱり感覚の森を求めている。


多様を描きたいゆえに、基本的には作品に出てくる人物には誰かしらのモデルがいる。
そして場合によっては、役者の何かを抽出して作る。
一つじゃ足りないので、普通は数人のモデルがいる。

もちろん中心人格はいる。

そのモデルに俳優自身の身体が加わるから厚みは増す、はずだが、薄くなることもある。
逆に薄くて素敵なこともある。

どちらにせよ、役を近づけるのも役に近づくのも、どちらも大切にしながら、役を、人間を、“作って”いって貰いたい。

そのために観察して検証して、確認する。

つまりやっていることはヒタスラに情報の蓄積だ。

情報を集め組み合わせ構築する。


でも昔、ある古本屋の店主がこう言った。



「素敵だろう?ここはあらゆる本たちの声が聞ける場所だ。インターネットが情報の海なら、この図書館はさしずめ、感覚の森だ。どうだい。ささやきが聞こえてきそうじゃないか」



僕は情報を集め構築しながらも、役のささやきが聴きたいと思う。

俳優の身体が語るささやきを聴きたいと、思う。




果たしてどんな物語を語るのだろうか?
by moving_sheep | 2011-11-17 05:47 | シトラスちゃんと6年2組の仲間 | Trackback