2011年 11月 17日
2011年羊稽古場 百日目/
認めながら認められない、彼。
自分の理解出来るカテゴリーで人をくくりたい、彼。
頭が良いと思い、柔軟だと思い、でも欠点をさらして、そんな自分を自分自身は理解している、正しいと思いながらも、ジツがシンタイにおちていないから、実は自分が、自分で否定している人となんら変わらないってことに気づかない、彼。
そもそも、一般的な言葉でひとくくりにする人は、気づかない。
彼。
僕はそんな人になりたくないから、言葉を使う。
どんなに届かないとわかっていても。
絶えず僕自身がソコにオチイルかもしれない恐怖を感じながら。
愛川です。
11月14日はまたまた少人数な稽古をする。
んでふと思う。
やっぱり感覚の森を求めている。
多様を描きたいゆえに、基本的には作品に出てくる人物には誰かしらのモデルがいる。
そして場合によっては、役者の何かを抽出して作る。
一つじゃ足りないので、普通は数人のモデルがいる。
もちろん中心人格はいる。
そのモデルに俳優自身の身体が加わるから厚みは増す、はずだが、薄くなることもある。
逆に薄くて素敵なこともある。
どちらにせよ、役を近づけるのも役に近づくのも、どちらも大切にしながら、役を、人間を、“作って”いって貰いたい。
そのために観察して検証して、確認する。
つまりやっていることはヒタスラに情報の蓄積だ。
情報を集め組み合わせ構築する。
でも昔、ある古本屋の店主がこう言った。
「素敵だろう?ここはあらゆる本たちの声が聞ける場所だ。インターネットが情報の海なら、この図書館はさしずめ、感覚の森だ。どうだい。ささやきが聞こえてきそうじゃないか」
僕は情報を集め構築しながらも、役のささやきが聴きたいと思う。
俳優の身体が語るささやきを聴きたいと、思う。
果たしてどんな物語を語るのだろうか?
自分の理解出来るカテゴリーで人をくくりたい、彼。
頭が良いと思い、柔軟だと思い、でも欠点をさらして、そんな自分を自分自身は理解している、正しいと思いながらも、ジツがシンタイにおちていないから、実は自分が、自分で否定している人となんら変わらないってことに気づかない、彼。
そもそも、一般的な言葉でひとくくりにする人は、気づかない。
彼。
僕はそんな人になりたくないから、言葉を使う。
どんなに届かないとわかっていても。
絶えず僕自身がソコにオチイルかもしれない恐怖を感じながら。
愛川です。
11月14日はまたまた少人数な稽古をする。
んでふと思う。
やっぱり感覚の森を求めている。
多様を描きたいゆえに、基本的には作品に出てくる人物には誰かしらのモデルがいる。
そして場合によっては、役者の何かを抽出して作る。
一つじゃ足りないので、普通は数人のモデルがいる。
もちろん中心人格はいる。
そのモデルに俳優自身の身体が加わるから厚みは増す、はずだが、薄くなることもある。
逆に薄くて素敵なこともある。
どちらにせよ、役を近づけるのも役に近づくのも、どちらも大切にしながら、役を、人間を、“作って”いって貰いたい。
そのために観察して検証して、確認する。
つまりやっていることはヒタスラに情報の蓄積だ。
情報を集め組み合わせ構築する。
でも昔、ある古本屋の店主がこう言った。
「素敵だろう?ここはあらゆる本たちの声が聞ける場所だ。インターネットが情報の海なら、この図書館はさしずめ、感覚の森だ。どうだい。ささやきが聞こえてきそうじゃないか」
僕は情報を集め構築しながらも、役のささやきが聴きたいと思う。
俳優の身体が語るささやきを聴きたいと、思う。
果たしてどんな物語を語るのだろうか?
by moving_sheep
| 2011-11-17 05:47
| シトラスちゃんと6年2組の仲間
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