2011年羊稽古場 九十四日目/ソコに戯曲性が溢れているから、ね
次にコミュニケーションワークで関係性を遊んでいる。
その横で、執筆をする。
やっぱり筆が進むのだ。
みんなのエネルギーが入り込むからだろうか?
集団は、戯曲性に溢れてる。
人間は、物語に、溢れてる。
愛川です。
11月8日はその後にノンストップで稽古をする。
全員出るワケじゃないので、程よくみんな休憩しながらやれるかしら?という思惑の中、最初からノンストップでやる気マンマンで、でも絶妙にそのやる気を隠しながら(と思っているのは僕だけか?)、稽古をやる。
ヒタスラ稽古しながら、少しずつ形になってゆく様は楽しい。
時間を忘れる。
かつ、みんな一生懸命全力で、様々を使おうとしながら稽古している姿は、素晴らしく素敵だ。
出来ることもデキナイことも、大切なことを忘れないでしっかりと向き合ってゆく。
それが積み重なる。
アタリマエのように聞こえるかもしれないが、このアタリマエが時として難しい。
頭では分かっていても、ジツを伴わないことはザラだから。
身体が心が魂が、本当に理解した瞬間、ささやかでかつ圧倒的に俳優の存在に意味が生まれる。
僕が与えるのはそのキッカケだけだ。
基本的に俳優は自分の力で上手くなる。
そして自分の力で上手くならなくてはならない。
僕が舞台に立つワケではないのだから。
いくらでもサポートはするけどね。
あの手この手で。
頑張るならば、全力を尽くすのならば、いくらでも。
何はさておき
存在で語れ、俳優たちよ。

