2011年 10月 22日
2011年羊稽古場 七十九日目/ミラーは鏡、写す心に、それはどうやらアラユル演者
闇の中にいる。
かすかに孤独が見える。
その孤独を触ってみる。
それは流れる水だった。
そっと水音を聴く。
水の匂いが広がる。
そして水を口いっぱいに含み、ゆっくりと飲み込んだ。
水は身体中を駆け巡り、君はその水の意味を知るだろう。
だからどうだろう。
その水を飲みに来ないかい?
愛川です。
10月20日の稽古は、中根道治が風邪を引きながらも、マスクをしながら現れた。
髪の毛はヨーコがツイートしていたが、確かに松田優作ばりにもじゃもじゃバリバリであった。
ま、もっとも、僕は髪の毛がもじゃもじゃクネクネじゃなくても、「松田優作並にカッコ良くね?こいつ」と思ってるし、言っているのだが、相変わらず、誰も認めない。
確かにハートの強さは負けるかもしれない。
しかし基本的に俺様、唯我独尊、な男故に、ツボにハマると、イケイケなのだ。
その中根道治が気を吐いた。
役のミラーこと加賀見恭一を見事なほど、台詞におとしこんでゆく。
いや、加賀見恭一をむしろその身体におとしたか?
春のエピソード公演「太陽の緑」で悪戦苦闘しながら手に入れた経験が(成長や上手さや核心などという大それたことは言わない。ただ、彼が、歩いた、そこからの歩みの軌跡が)、どうやら意味があったようだ。
抜群に面白カッコイイ。
さらに、様々な役の台詞も言ってもらったのだが、なんだかどれも結構、素敵な感じに台詞を言っている。
解釈があり、イメージがあり、ジツが、ある。
素晴らしい。
しかし素直に褒めていたら、竹内もみがある落語家の言葉を引用していた。
「褒める奴は、敵」
実際は「褒めるのは、毒」だったのだが、それは確かにそうだと思う。
しかし僕のスタンスは、良ければ何が素晴らしいかを褒めて伝えるし、悪ければ何がダメなのかを指摘する。
しっかりと両方の意味をその身体に刻んで貰う。
瞬間を積み重ねる。
それは偶然に頼りたくないから。
それは素晴らしい表現を手にしてほしいから。
それは素敵な役者になってほしいから。
長い長い、20年後の先を、見つめているから。
まあ、でも、中根道治も細野美也も、褒めてあげないと育たないのも事実だけれど。
大抵の人間は基本的にそうなのだけれど、ね。
厳しくすると(あるいは一見、正しい気がする一般性をひっくり返すと)、すぐ短期的な判断で、恨むし、否定するし、手に入れかけたリアルを手放し、手に入れた意味を忘れる。
人が多い。
例え、最初や終わった直後に謙虚であった人でさえ。
なかなか本当に大切なことを大切にデキナイ生き物が故に。
何が大切なのかをワカラナイが故に。
いつしか大切なものがなんだったかを忘れるが故に。
そうして本当に大切じゃなくなる。
しかし、だからこそ、人間は面白いのだろう。
と思うようにしている。
何故ならばきっと、それも含めて、その全てに向き合うことが、僕の仕事なのだろうから。
そういえばいつものように、帰り際に細野美也が「私は褒めて育ててくださいね」と言っていた。
そうだね〜そうだね〜君はそうだね〜。
しかしそんなことを言いながら、実際は一番厳しさに耐え、たくさんの意味を手にし、女優として素敵になっていったのは彼女なのだが。
彼女の素晴らしい所の一つである。
と褒めて、おこう。
何はともあれ、中根道治と竹内もみの劇団スクランブル勢が参加して、グッと面白さが増した。
流石。
これからが本当に楽しみだ。
かすかに孤独が見える。
その孤独を触ってみる。
それは流れる水だった。
そっと水音を聴く。
水の匂いが広がる。
そして水を口いっぱいに含み、ゆっくりと飲み込んだ。
水は身体中を駆け巡り、君はその水の意味を知るだろう。
だからどうだろう。
その水を飲みに来ないかい?
愛川です。
10月20日の稽古は、中根道治が風邪を引きながらも、マスクをしながら現れた。
髪の毛はヨーコがツイートしていたが、確かに松田優作ばりにもじゃもじゃバリバリであった。
ま、もっとも、僕は髪の毛がもじゃもじゃクネクネじゃなくても、「松田優作並にカッコ良くね?こいつ」と思ってるし、言っているのだが、相変わらず、誰も認めない。
確かにハートの強さは負けるかもしれない。
しかし基本的に俺様、唯我独尊、な男故に、ツボにハマると、イケイケなのだ。
その中根道治が気を吐いた。
役のミラーこと加賀見恭一を見事なほど、台詞におとしこんでゆく。
いや、加賀見恭一をむしろその身体におとしたか?
春のエピソード公演「太陽の緑」で悪戦苦闘しながら手に入れた経験が(成長や上手さや核心などという大それたことは言わない。ただ、彼が、歩いた、そこからの歩みの軌跡が)、どうやら意味があったようだ。
抜群に面白カッコイイ。
さらに、様々な役の台詞も言ってもらったのだが、なんだかどれも結構、素敵な感じに台詞を言っている。
解釈があり、イメージがあり、ジツが、ある。
素晴らしい。
しかし素直に褒めていたら、竹内もみがある落語家の言葉を引用していた。
「褒める奴は、敵」
実際は「褒めるのは、毒」だったのだが、それは確かにそうだと思う。
しかし僕のスタンスは、良ければ何が素晴らしいかを褒めて伝えるし、悪ければ何がダメなのかを指摘する。
しっかりと両方の意味をその身体に刻んで貰う。
瞬間を積み重ねる。
それは偶然に頼りたくないから。
それは素晴らしい表現を手にしてほしいから。
それは素敵な役者になってほしいから。
長い長い、20年後の先を、見つめているから。
まあ、でも、中根道治も細野美也も、褒めてあげないと育たないのも事実だけれど。
大抵の人間は基本的にそうなのだけれど、ね。
厳しくすると(あるいは一見、正しい気がする一般性をひっくり返すと)、すぐ短期的な判断で、恨むし、否定するし、手に入れかけたリアルを手放し、手に入れた意味を忘れる。
人が多い。
例え、最初や終わった直後に謙虚であった人でさえ。
なかなか本当に大切なことを大切にデキナイ生き物が故に。
何が大切なのかをワカラナイが故に。
いつしか大切なものがなんだったかを忘れるが故に。
そうして本当に大切じゃなくなる。
しかし、だからこそ、人間は面白いのだろう。
と思うようにしている。
何故ならばきっと、それも含めて、その全てに向き合うことが、僕の仕事なのだろうから。
そういえばいつものように、帰り際に細野美也が「私は褒めて育ててくださいね」と言っていた。
そうだね〜そうだね〜君はそうだね〜。
しかしそんなことを言いながら、実際は一番厳しさに耐え、たくさんの意味を手にし、女優として素敵になっていったのは彼女なのだが。
彼女の素晴らしい所の一つである。
と褒めて、おこう。
何はともあれ、中根道治と竹内もみの劇団スクランブル勢が参加して、グッと面白さが増した。
流石。
これからが本当に楽しみだ。
by moving_sheep
| 2011-10-22 02:39
| シトラスちゃんと6年2組の仲間
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