2011年羊稽古場 五十六日目~その響きは、物語でも想いでもない、圧倒的存在感だった
とてもよくワカル。
普通の女性がイイヨね。
そしたら、ある演出家が言っていた。
女性はみんな女優だ。
それもなんだか、ワカル。
でも、やっぱり女優じゃない人がイイ。
どっかに居ないだろうか?
女優じゃない、名女優。
愛川です。
6月29日のシトラスfeat羊はいつもより二人増えての、稽古とあいなりました。
細野美也、田中秀明、光安紗影、横浜市立の女の子、ギリギリ参上した加田斎。
イツモノごとくミッシングウォーク。
歩き、移動し、そして最近、同時に歌を響かせる。
台詞は普段から、使っているけれど、それに加えて、メロディー、リズム、響き、かつ歌詞が加わりながら、自意識と向き合う。
表現に変える。
もともと昨年の12月前に、クリスマス公演ために結成した、中島玲奈と加田斎の羊ユニット「リリー羊」の頃から始めていたのだが、その進化形である。
初挑戦、細野美也。
そぎ落とした表現の中で、歌う。
歩く。
移動すする。
これが、むしろ、彼女の中の想い(物語)と連動を生む。
面白い。
他のみんなが、彼女をフィードバックしながら歩いているのだが、周りがついていけない。
彼女一人で世界観が出来上がってしまい、他者が入り込めない。
これは、とてもスゴイことだが、稽古にならないのでフォルムを与え、僕が歩きに参加して、バリエーションを与える。
こうなると、さすがに崩れて、ブレてくるが、様々なことを彼女自身が知ることが出来るので、ヨシとする。
個人的には彼女のまるで作品のようなパフォーマンスを見ていたかったが。
光安紗影は、まだまだ、役者になりきれない、使いきれないところがあるけれど、瞬間に出す表現は、潔くて集中力があって謙虚で面白い。
この積み重ねが出来れば良いのだが、そこはミッシングウォークの核心にほとんど触れていない彼女の、コレカラだ。
楽しみでもあり、不安でもあり、期待している。
田中秀明は、だいぶ力が抜けてきた。
もともと、抜けている人だけど、いい意味で遊びが出てくるような、ラフさだ。
しかしもっと使わなければならない。
心と頭と身体を。
ミッシングウォークは、使った気になるのではなく、何もない“個”としての心と頭と身体のリアルを、直に触って手に入れるメソッドなので、難しく、大変で、人によっては躊躇する場合もある。
だから、まだまだ、先は長いのだ。
その辛さを、楽しんでもらいたい。
加田斎は遅れてきたので、やっていない。
その後のホン読みで、二回目になるとイメージが出来たのか、台詞は断片であるけれど、台詞の背景に物語が見えてカッコイイ、から面白い。
帰りの電車で、加田斎と細野美也が楽しそうに話していた。
加田斎は女の子がたくさんいて嬉しそうにしていたし、そもそも人が稽古場にいっぱい居るのは嬉しい人だし、細野美也はやはり女優さんだから、ミッシングウォークで表現を移動して、様々を体現して楽しかったのだろう。加田さんいないけれど、みんなを引っ張り、見事だったし。脚本も読んだし。
俳優がいい顔をしているのを見るのは、嬉しい。
そういえば、斎&美也と帰る時に僕は、比較的、無口になるような気がしているのだが、この日は喋った。
ような気がする。
付き合いは長いのに、二人のプライベートはあまり知らないという、距離感がそうさせるのだろうか?
まあ、いい。
一緒に居る瞬間に楽しそうにしている姿だけで、充分だ。
そんなこんなな、五十六日目。

