その先に見えたまるで蜃気楼のような場所に、僕はゆっくりと手を伸ばす
しばらくアザになるだろう。
その時に考え事をしていた。
一瞬。
しかし長い時間。
右腕が焼かれてゆく様を見て、僕は理解出来なかった。
この痛みは火傷の痛みなのか、あるいは別な痛みなのか。
アイカワです。
憧れていた場所があった。
そこは世間一般的にはきっと、“愛”と呼ばれる気持ちだけで、ただヒタスラ笑い、楽しめる場所だった。
そこは世間一般的にはきっと、“恋”という感情でワクワクしつ続けることが出来る、素敵な場所だった。
世間一般的にはその両方が存在する場所。
でもそこは本当は“愛”とかじゃなく“恋”とかでもなく、それとは違うモノで構成されている場所だった。
ソコは魂と魂が呼応する場所。
僕は、夢をみた。
それが本当に夢かどうかはワカラナイけれど、僕は確かに夢をみた。
僕は旅人で、荒野を歩いている。
何かを探している。
でも何を探しているのかは覚えていない。
大切な何か。
昔なくしたものか、あるいはこれから手にしたい何かなのか。
さだかではない、けれど探している。
様々な街に行く。
様々な村に行く。
森の奥深くに入る。
山を登る。
川に身を任せる。
海を漂う。
海底を歩く。
けれど、何処にも僕の探しているものはミツカラナイ。
そもそも探していたのかどうかさえも、怪しくなってくる。
増えてゆくのは、傷だけだ。
何故なら旅は苛酷だからだ。
僕はその傷をゴマかすように歌を歌うようになる。
旅先で集めた詩や物語を語るようになる。
真夜中に一人、月に捧げる踊りをササヤカに踊るようになる。
そうして僕は旅を続ける。
ある日、僕はある少女に出会う。
彼女は海沿いの小高い丘の、高い高い大木の上に住み、いつも太陽を眺めている。
月と会話をする。
星と一緒に笑いあっている。
彼女と会ったのは雨が降っている暗い昼、その大木の下で雨宿りをしていた時だった。
僕はすでにずぶ濡れだった。
ふと何か予感がする。
振り向き、大木に向き合う。
予感に導かれるまま、ゆっくりと手を伸ばす。
雨がどしゃ降りだ。
僕はずぶ濡れだ。
ゆっくりと、でも確実に僕は手を伸ばし、そして指先が樹に触れた。
その瞬間、樹の上から声が聞こえた。
「大丈夫。もうすぐ太陽が出るよ」
不思議な予言だなと思う。
予報か?
いや僕に予言に聞こえたんだ。
すると、どうだろう。
太陽が本当に出てきた。
僕はあっという間に乾いた。
フワフワになった。
太陽の匂いがした。
僕は樹の上に向かって叫ぶ。
「言った通りだったよ。ありがとう!」
沈黙。
一分くらいだろうか。
樹の真ん中あたりから、ヒョコと女の子が顔だした。
「どういたしまして」
そして満面の笑みを浮かべた。
僕はそれから、その樹の世界に身を寄せた。
その樹には様々な果物が実り、様々な鳥や獣や虫達が集まった。
僕は彼女や様々な動物達のために歌い、語り、踊った。
初めてだった。
僕は初めて本当に心から、ココロをゆるした。
その少女に出逢い僕は、自分の旅の意味を知る。
そんなある日、彼女は雨が降った後すぐ、いつものように太陽が出て、虹がかかった大木のテッペンに、僕を呼び寄せた。
樹のテッペンに登る。
彼女は微笑む。
そして彼女は左手で小さな雨粒を手に取ると、空に向かって引き伸ばし、ゆらゆらとユレる鏡のような膜を作った。
僕は彼女に促されるままに、鏡の前に立つ。
でもそれは鏡じゃない。
その先にはミナレナイ風景が写っていた。
いや違う。
ミナレタ風景が写っていた。
ソコは僕が本当に居るはずの場所。
ミナレタ、ミナレナイ場所。
現代の日本。
夢を見ている僕が、生きなきゃならない時間と空間。
その場所。
リアル。
彼女は言う。
「あなたの生きる場所はあそこだよ」
僕は振り向く。
少女はイナイ。
そのかわりに僕の住むべき街がある。
僕は慌てて前を向くと、ゆらゆらとユレる鏡のような膜の先に彼女がいる。
緑の上に立つ少女。
虹。
太陽。
笑顔。
僕は叫ぶ。
「違う、僕が生きる場所は君だ」
彼女は優しく微笑む。
聞こえいないのだろうか?
彼女の唇が何かを言っている。
聞こえない。
僕は必死に読み取る。
「ワタシノ、イバショハ、アナタ、ジャ、ナイ」
確かじゃない。
本当にそう言っているのか?
僕は読み間違ってはいないか?
僕は力の限り声を出そうとする。
しかし声は出ない。
シューシューと空気がモレるだけだ。
どうやら僕は声をなくしたらしい。
おそらくもう、歌えない。
おそらくきっと、語れない。
おそらく僕は、踊れない。
確信だけはある。
それでも生きなくてはならない、と何処からか声がする。
誰の声だ?
誰の声だった?
振り返ると、ソコに日常があった。
果てしなく続く荒野があった。
僕はまたここで旅を続けるのだろう。
歩き続けるのだろう。
そして僕は日常へ、また新たな一歩を踏み出した。
ゆっくりと目をさます。
昼間だ。
部屋に雨が降ったようだ。
僕は濡れている。
でもその後に太陽は昇らない。
ゆっくりと虚空に手を伸ばす。
しかし指先に何かが触れることはもう、決してない。
瞳を閉じる。
これから僕は本当の睡眠を知ることはないだろう。
そのかわりマブタの裏の、あの場所をミル。
そしてその先に見えた、まるで蜃気楼のような場所に手を伸ばす。
でもきっと、届くことはない。

