移動する羊 是楽日

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移動する羊による稽古場の一つであり、呟きの場であり、表現の場所 物語・小説・詩・遊び

反省会をしていて思ったことは様々な想いや思考が交錯する、演劇がまさにソコにあった

心を使った。
頭を使った。
それで思った。
まだまだ使っていない心と頭がたくさんあったのだ。
様々な人々の意見から貰う感覚。
思考。
感情。
膨大なバリエーション。
僕はこれを感謝を込めて“ギフト”と呼ぶ。
愛川です。



精算会、反省会で印象的なシーンが残っている。
なんとも象徴的で人間っぽくて、セツナカった。


まずはスタッフの一人の旦那さんの感想を聞く(そしてそれにスタッフさんの自分の意見も加味しながら話していたので、ドコマデが旦那さんの意見かは正確にはワカラナイけれど、その旦那さんの意見を聞く)所から始まる。

“作品はワカラナイけれど、本編はどうなるのだろう?もっと取捨選択をして、情報を減らして整理すべきだったのではないのか?本編はワカリヤスイと言っているけれど、それは今回の否に影響されて大切なモノを変えるつもりなのか?今のままの感じを、整理すれば良いのじゃないのか?でも何より本編をよりよいモノへ”



僕は答えた。

本編が先にある。

大切なものを切り捨ててまで、ワカリヤスイを選択するのではなく、本編はもともとのエンターテイメント志向の上に「太陽の緑」の密度を乗せる。

「太陽の緑」は情報過多をあえて選択している。

そこから生まれる密度や壮大さや物語を、魅力的だと思い、楽しむ人たちへ向けている。

(最大の戯曲性は人間の想像力が生む。その想像力を刺激し、共に物語を作りたい)



するとソコに重ねて、ある俳優のお兄ちゃんが言っていた意見を、その俳優が語りだした。

お兄ちゃんは何度も何度も検証を重ねて、ブログを読み、考えて、ある結論に着地して、でもまたさらに検証して、考えて、着地する。

それを四度も繰り返して(とてもアリガタイ、ただただ感謝である)その結果、出した結論は「一人よがりだ」ということだった。

作品に関するアプローチ(それは客席作りや当日パンフレットに至るまでを含め)様々な意見を言ってくれたらしい。
でも基本的にすべて「一人よがり」だと。

(このお兄ちゃん、トリプルサマーという作品を観てくれたのだが、その作品は評価が高い)



それを聞いていたある女優が、自分のお姉ちゃんから聞いた意見を言った。

最初はワカラナイ所が結構あったけれど、少しずつ分かってくる。
言葉が残り、記憶され、意味が連鎖し、少しずつ物語が積み重なり、シトラスちゃんってどんな子だろうと思った所でシトラスちゃんが出てきてた。

前半のファンタジーよりの演劇的な派手さで観せたことで、後半のリアルよりの芝居で起こる、ある不可思議現象がしっくりくる。
自然内容が入ってくる。

物語が連動する。

意味が分かり、繋がりが分かり、ラストに向かい、壮大さが加速する。
それでも本編に向かってある程度の謎を残したまま終わる。
本編がとても楽しみだ。

(このお姉ちゃん、僕の中で比較的ワカリヤスク書いた、「語るのは鼓動」という作品はそんなに反応しなかった。ちなみにお姉ちゃんが僕にメールしてくれた内容もつけ加えている。知らないことを、より詳しく女優さんからいっぱい聞けたけど)



この対比が「太陽の緑」を象徴している。

この三人の構造が今回の公演を見事に表現している。

この二人は、お兄ちゃんが、お姉ちゃんが、とてもとても、とても好きだ。

大好きだ。

二人はそれぞれの大切な人の想いを自分に取り込み、大切にする。

大切な人の言葉とはそういうものだ。

やんわりとしているから気づかないが、静かな対立構造が現れる。

俳優の語気が所々強くなる。
女優は揺るがない意志を一瞬垣間見せる。

二人が気づいているかどうかはワカラナイけれど。


僕はその俳優の明るく笑いながらヘコんでいる姿を見、その女優の静かに意味や嬉しさをニジマセている姿を見、僕がやらなければならないコトの決意を、胸に固めていた。

元々そのつもりだったけれど、“痛感する”というのはこういうことだ。


決意。

覚悟。


二人の言葉を借りるなら、僕は一人よがりに見えない(分かりやすく)密度の高い圧倒的な作品を、つくらなければならない。



あっ言葉にすると笑えるくらい普通だわ。

わははは。


そしてこの1年、明確な意志を持ってやってきたことだ。

しかしそんな普通がとても難しい。

でも実はそれをやってきたからこそ、今の僕らがココに居るのだけれど。


それでも「太陽の緑」は密度を特化させた。

圧倒を目指した。

世界観を深めた。
(これは成功したのだろう。好きキライが極端になるということはそういうことだ)

俳優の力を最大限に引き出す様々なアプローチを脚本演出でした。
(対外的に、これは大成功と言って良いだろう。僕の中ではまだまだなんだけれど。さらにさらになんだけど。役者だけはまんべんなく褒められたからね。これはパラドックスだ。その俳優の素晴らしさは、脚本演出と実は密接に関係しているのを、否の人達は一様に気づかない)

これらは、羊の原点であろう。


ここからまた始める。

目指す。

歩く。

移動する羊は移動する。

遠く、高く、遠く。

そして次は、広く。
by moving_sheep | 2011-04-18 12:28 | シトラスちゃんは太陽の緑 | Trackback