2011年羊稽古場、二十五日目、どれほどの未来を今描けるのか、強く心に秘めながら、僕らは、行く
ヒタスラに隠し。
ヒタスラに笑い。
たまに顔を腕に埋め。
心に隠した、意味を確認しながら。
そして僕らは荒野を歩く。
愛川です。
22日、稽古。
積み重ねと移動を繰り返しながら、大切なものを丁寧に確認する。
スピードを早め、量を抱え、それでも軽やかに歩く。
僕は、演出をつける時はガシガシ情報を付け加えるので、おのずと心のスピードを要求するし、前提の量も要求する。
それを保ちながら、サラッと表現したい。
難しいことこそ、辿り着くと見ている方は簡単にやっているように見える。
普通に見える。
そのために、今は、ゆっくりとやる。
そろそろ、徐々に早くなるだろうけれど、今は敢えて、ゆっくり。
ゆっくり。
ゆっくり。
でも、一つ一つを刻み。
今だからこそ、ゆっくり。
無駄なものは、ない。
正確には、無駄が重要なのだ。
人によって無駄が違う。
人によっては無駄が嫌いだ。
実は僕だって嫌いだ。
そういう人に限って、無駄を生んでいることに気付かない。
それでも、その無駄が、誰かにとって大切になることがある。
だからこそ、無駄も大切だ。
笑顔も、覚悟も、勇気も、様々なものの種が隠れている。
無駄なものは何もない。
あるとしたら、無駄にしてしまう心が無駄だ。
というわけで、今はいっぱい無駄話をしよう。