2011年羊稽古場、十八日目はトオシだってばよん
つまり机の前で意識をなくすわけだが。
イスに座り、背もたれにもたれ、首が後に倒れている。
まるで「明日のジョー」のラストのように、僕はイスに座って白くなる。
違いは前かがみじゃなく、口を開けて上を向き、ヨダレをタラシているということだ。
そして僕は目を覚まして呟くのだ。
「明日のために、その1。えぐりこむようにして、書くべし」
書くべし。
愛川です。
昨日は、4月公演作品の初トオシ。
ユニットはみーみーみー&TAKEs。
2作品。
その2作品のトオシ。
太陽の羊はまだ。
とその前に、アップを兼ねた、ミッシングウォーク。
しかし何故か表現にならない。
10分ほどの軽い、ウォーク。
しかし、どうにも全体での「表現の領域」が出現しない。
短いのもあるのだけれど、まずいにゃーと思う。
個人では良い感じな人もいるが、それでも、辿りつけてない。
そしてそのまま初トオシへ。
まさにその感じのユルーイ、表現になっていないトオシになった。
TAKEsから。
それでも、面白い。
むしろ、そのユルサが面白い。
目指すべきものに届いてなくても、面白い。
しかし、それではダメなのだ。
特に竹中勇貴の覚悟が足りない。
最近は、色々日常から緩んでいるのだろう。
それが、反映される。
些細な変化だが、反映される。
加田斎と竹内もみとの微妙な覚悟差。
もっとも終わった後に、少しモードが戻ったのか、二人を誘って打ち合わせ。
ま、それでも面白いのだが。
みーみーみー。
やはり表現にならない。
実は、TAKEsより難しい脚本なのだ。
辿り着けば、まるで普通に簡単のようにミエ、その実難しいという作品になる。
特に中根道治が中身が足りない。
あまりに、表層の表現に囚われて、むしろウソになる。
ウソはワカル。
そこに本物がないと届かない。
僕らは物語を語らなければならない。
最大限の本物で、大きなウソをつくのだ。
細野美也と飯塚美雪は少しずつだが、積み重ねている。
細野美也とは帰りの電車の10分が一緒になることが多いのだが、その時に彼女が色々聞いてくるし、稽古場ではあまり発言しないようなことを、アドバイスで言う。
その中できっと手に入れただろうアプローチで、あるシーン(台詞)を作ってきた。
めちゃくちゃ面白かった。
今までと全然違う。
かなり面白く、あまりに面白いので、再現できるのかが不安になるくらいだった。
(彼女はそういうことが、ある)
しかし素晴らしい。
少しずつ、積み重ねる。
難しい作品だけれど、良い作品にしたい。
そのようにして初トオシの十八日目が終わる。
1カ月と1週間前。
しかし稽古時間は短い。
本当に短いのだ。
それを痛感しながら頑張って欲しい。
楽しみながら、無駄話をしながら、で構わない。
つまり、、それさえもすべて積み重ねて欲しい。
無駄なものは何ひとつ、ない。
覚悟さえあれば、僕らは積み重ね、僕らは何処にだって行けるのだ。

